私が再び覚醒したのはそれから二日後のこと―・・ 目を開けると痛いほどの白い日の光が部屋中に差し込んでいた。 僅かに身体を起し、枕元においてあったベルを鳴らす。 するとすぐに侍女が駆けつけあっというまに侍医が呼ばれた。 そしてどこからか自分が目覚めたことを聞きつけたのか、いつも間にやらベッドの脇にはマリー様がちょこんと座っていた のだった。 「ねぇ本当にもう大丈夫なの?おきていてもつらくはない?それとももっとクッションをもってこさせましょうか?」 寝たままでは話しづらいだろうと背中の下には高くつまれた色とりどり沢山のクッションがある。 一体これだけのクッションをどこから運ばせたのか・・ おそらくここで縦に首を振れば城中のクッションを持ちかねないマリー様の様子に私はやんわりと断りをいれた。 「えぇ、大丈夫ですよ。今は大分気分がいいのです。」 「本当に?」 「はい、本当に。」 そこでやっとマリーは安心したのか、一気に肩の力を抜くとベッドの上にしなだれかかった。 そしてその緊張の糸がほぐれたのを気に、その口は閉じることをやめなかった。 遠征に出ていた間に城でおこった様々な出来事―・・リーシェはその間ずっと聞き手にまわっていたが、マリーが面白お かしく話をしてくれるので苦にはならなかった。 たった数ヶ月の遠征だったのに、何年ぶりにも思えるこの平穏な時にリーシェは心休まるのをひしひしと感じていた。 「―・・それでね!そのときララバンナったらなんていいったと思う!?"それはいただけませんわ"ですって!!」 「ふふっ・・彼女らしいですね。」 「全く!!失礼しちゃうわ!!」 「何が失礼しちゃうんだ?」 すると憤慨するマリーの頭上に大きな影が出来た。 マリーがくいっと顔を上げる。 そこにはいつもどおり執務用の制服を軽く着崩した陛下の姿があった。 「―・・あら、お兄様。なぁ〜んだ、もう会議は終わったの?」 「マリー・・"何だ”はないだろ?これでも急いで終らせてきたんだ。もっと喜べよ。」 「あら、そんなに急がなくても大丈夫だったのに。私とリーシェの二人っきりの楽しい時間が少なくなってしまうわ。」 口を尖らせて"お兄様は邪魔よ"とでもいいたげなマリーの態度に陛下は深く肩を落とす。 その二人のやりとりにリーシェはクスクスと肩を震わせ笑うといつものように助け舟をだした。 「マリー様、そのように仰っては陛下が御可愛そうですよ。それにもうお勉強の時間ではないですか?」 「えぇっ!?もうそんな時間!?」 リーシェの指摘にマリーは悲しそうに目を見開く。 「う〜・・もっとリーシェとお話がしたいわ。・・・お兄様、駄目?」 「あまりわがままを言うなよマリー。ほら、そろそろリーシェも休ませてやらなきゃいけないだろう?」 しょんぼりとするマリーの頭を大きな手が慰めるように撫でる。 だがマリーの顔はまだ納得いかないといった感じだ。 「うぅ・・」 「マリー様・・」 そっとその俯く顔を覗き込み、その薔薇色の頬に片手をあてがう。 「―・・麗しきレディ・マリア、そのような顔をしてはいけません。いつものように大輪の花が咲き誇るような笑顔を私に見 せてください。それだけでリーシェは元気になれるのですから。」 「・・・・・・・・・・わかったわ・・わかったわよリーシェ」 目尻に微かに涙を溜めながらマリーは顔をゆっくりと上げた。 「ずるい・・リーシェはズルイわ・・。そんな悲しそうにされると私どうしていいかわからなくなちゃうじゃない。」 「ふふっ・・申し訳ございません。」 「でも今は駄目。こんなぐちゃぐちゃの顔じゃリーシェにちゃんと笑ってあげられないわ。―・・だから今日は帰る。」 椅子から立ち上がるとマリーはリーシェに再び近づきその頬に軽くキスをした。 「やるべきことをやってくるわ。そして最上級の笑顔を見せてあげる。だからリーシェもちゃんと元気になってよね!」 「はい、マリー様。」 マリーのその愛らしい姿にリーシェは嬉しそうに微笑んだ。 ほんの少しの間だというのにこの少女は少しずつ”レディ"に近づいている―・・きっとそう遠くない未来、少女が素敵なレ ディになった姿を見れることだろう。 マリーはスカートの裾をつまみ、今現在この部屋でもっとも位が高い陛下へと退出の挨拶を済ませる。 そして去り際にそっと陛下の耳元へと囁いた。 「―・・お兄様、私が居ない間にリーシェに手出したら許さないから。」 「・・・・・・・わかってるって・・・そんなに俺は信用ないのか?」 「あら、だって”お兄様"ですもの。」 意地悪く笑ったマリーは陛下の反論の声から逃げるようにさっと部屋をでていった。 「まったく・・・リーシェが戻ってきた途端にこれだ。お前が居ない間のマリーの静けさといったらそりゃ見ものだったぞ。」 「陛下・・」 リーシェがたしなめるように名を呼ぶと陛下はマリーの座っていた椅子にそのまま腰掛けた。 「まぁ、あれはお前に懐いているからな。当然といえば当然か。」 「光栄なことです。―・・それで・・あの陛下・・一つお聞きしたいことが・・」 「わかっている。これだろ?」 そういって陛下はもっていた書類の中の一つをリーシェに手渡した。 そこには今回の遠征記録―・・討伐状況、及び被害状況が克明に記されていた。 「・・・・・・申し訳ございません陛下・・陛下よりお預かりしました大切な兵たちをこれほど失うことになるとは・・」 「いいや、お前はよくやった。謝ることではないぞ。」 「しかし―・・」 「お前が身体を張ってあの大規模な"転送"を行わなければもっと被害は拡大していただろうさ。死んでいった者達だって そうだ。お前は守ろうとしただろう?最後の最後まで最前線に立ち兵たちの壁になった。お前は確かに守ったんだ。過去 を忘れるな―・・とはいわない。だが過去を悔やむことだけはするな。今までのお前を否定し、そしてお前に命を預けて散 っていった者達への侮辱でしかないのだから。いいな?」 「はい・・・・はい、陛下。」 リーシェはゆっくりと、何度も何度も頷いた。 陛下の言葉をゆっくりと咀嚼し、心の内に浸透させるように。 その後、暫くの間二人の会話は進んだ。 軍の再構成、死者の弔い、今後の"北"の対処法について・・・ 部屋に差し込む日の光が茜色に変わってきた頃・・ようやく二人の会話は一段落したようだった。 「申し訳御座いません、陛下。随分とお時間をとらせてしまいました。」 「いや、かまわんさ。どーせ戻った所でハールウェイのお小言が始まるだけだからな。」 くくっ・・と陛下は苦笑するが、ふと突然その笑みを消す。 「?・・・陛下?」 「リーシェ・・・・・・・何故隠していた?」 「え・・・?」 沈黙を破った言葉は、いつもとは違った重い口調で語られた。 だがリーシェにはその言葉の意味がわからない。ただ首を傾げるだけだ。 「陛下?」 すっと新たに書類が手渡された。 「これは・・・」 どうやら診断書のようだ。 リーシェの身体の外傷等が事細かに書き込まれている。 「―・・今回受けた傷に関しては順調に回復しているというのが侍医たちの見解だ。まぁそれに関しては問題はないだろう ・・だが」 陛下の声を聴きながら診断書を読みすすめていたリーシェの手があるページでピタリととまる。 文字の羅列が簡潔に―・・だが深く重く、リーシェにそのことを教えてくれた。 「何故そんな風になるまで放っておいたんだ?」 書類をもつ手が微かに震える。 視線が痛いー ・・ソレから逃れるようにそっと顔を反対の方向へと向けた。 沈黙。 だって今の私には―・・話すべき言葉が見つからない。 黙り続ける私に呆れたのか陛下の嘆息する気配がした。 「各内臓器官―・・神経に至るまでボロボロだ。良くこの状態で戦場(いくさば)にでれたものだと侍医たちも驚いていたぞ。 果ては今回の空間転移が重なって魔力回路にまで影響が出ているそうだ。お前が普段から無茶をする奴だとは知って はいたが・・・限度というものがあるだろう?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やはり・・身体の弱い将では使い物にはなりませんか・・・?」 声が震える。 捨てられる。お前など必要ない。そう思われるのが怖くて・・怖くて・・ だが弱々しく呟いたリーシェの言葉に対して帰ってきたのは嘲りや、嫌悪とは違う―・・だが僅かに苛立ちを含んだ声だった。 「違う!何もそこまで言ってはいないだろうがっ!お前はどうして―・・」 だが陛下はそこで言葉を切ると落ち着きを取り戻すかのように一呼吸した。 「・・・・はぁ・・・・・・ただ俺は無茶をするなといっているだけだ。―・・お前このままだと本当に死ぬぞ・・?」 「・・・・・・」 「それともお前は死んでもいいと思っているのか?お前は・・・本当は死を望んでいるんじゃないのか?」 はっと目を見開く。 その言葉はズキリと心に突き刺さっていた。 死にたい?―・・だって私は・・ 「リーシェ?」 リーシェの肩が僅かに揺れている。 一瞬泣いているのかとも思った―・・あぁそういえば俺はこいつが他人のために泣く所は見ても自分自身のために泣いた 所は一度も見た事がないな・・とふと思った―・・だがそうじゃない。泣いてはいない―否、笑っていた。 「はっ・・はは・・」 掠れる笑い声。 おかしくて笑っているのではない。嘲るように罵る様に―・・悲しむように笑っている。 あまりにもその姿は切ない―・・そう感じずに入られなかった。 「・・・・・私は、死にたいと思ったことなど一度もありませんよ、陛下。」 冷たい微笑。 こんなリーシェを見るのは初めてだ。いつもはもっと誰かを包み込むかのように春の日和のような笑みを見せるのに。 今はとても虚しい笑みを浮かべてこちらを見ている。 「ならば何故―・・」 「私にはもう時間がないのです。」 差し込む夕日がリーシェの髪を真っ赤に染め上げた。 まるで血の色―・・ 「リー・・」 「陛下」 名を呼ぶことを拒むかのようにリーシェは陛下の名を呼ぶ。 「申し訳御座いません・・・少し・・疲れました。」 「あっ・・・あぁ・・わかった・・。すまないな・・ゆっくり休め。」 「はい、ありがとうございます。」 今にも消え入りそうなリーシェ。 このまま夜の帳が下りてしまえば、それと同時に闇へと帰っていってしまうのではないか。 手を伸ばしてこの腕の中におさめればきっと繋ぎとめられるのではないだろうか? だが―・・彼はソレを拒絶した。 「リーシェ・・」 部屋の外で暫く立ち尽くす自分が居た。 この一枚の扉があまりにも厚い気がした。 * パタン―・・と扉が閉まる音が部屋に響いた。 一気に部屋が静まり返る。 あまりに静か過ぎてキィィンー・・と耳鳴りがするほどだ。 体中の力を抜く―・・するとその身体はクッションの波に吸い込まれるように深く沈んだ。 「最悪だ・・」 我知らずそう呟いていた。 泣きたくなる。 ―・・あの闇の中から自分をこちらへと呼び戻してくれたのは陛下だったのに・・ 私の苛立ちをぶつけてしまった。私の醜さを曝け出してしまった。 何故だかはわからないけれど―・・あの人だけには知られたくなかった私の"真実" 悲しい・・ ―・・そうか・・やはり私は死にたがっているように見えたんだ・・・・ 悲しい・・寂しい。 ―・・これは生きる希望をとの昔に捨てていた私に対しての罰なのかもしれない。 「最悪・・」 珍しく悪態をつくこの口が永遠に塞がってしまえばいいと願った。 あぁ・・本当に私は愚かだ・・・ Back NEXT |
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