「リーシェ!!こっちよこっち!!」 雲海のほとり・・・沿岸地帯に広がる草原の中をマリーは無邪気に笑いながら走り、後ろについて 歩くリーシェの名を呼ぶ。 「マリー様!そんなにそちらへいっては駄目ですよ!!この辺りの雲海は浅瀬が多く広がっている とはいえ危険には違いないのですから!」 リーシェはマリーに追いつくとその身を軽々と抱き上げた。 くりくりとした金色の瞳を輝かせながらマリーはリーシェの髪に顔をうずめた。 「マリー様、くすぐったいですよ。」 「ふふっ・・・リーシェって本当にいい匂いがするわ。男の人でも女の人でも・・その両方のときも凄く いい匂いがする。」 「そうですか?」 「えぇ、そうよ。それに綺麗な髪・・・私、リーシェの灰色の瞳も好きだけどこの雪のように白い髪の方 がもっと好き!いいなぁ・・・こんなにまっすぐでサラサラで・・・私もこんな風になりたい・・」 うらやましげに溜息をついたマリーにリーシェは思わず苦笑してしまった。 「そんなことはありませんよ。マリー様の御髪のほうがもっとお美しい・・・温かく光る大地の色、ふわ ふわと浮かぶ綿毛のように柔らかく可憐な巻き髪。―・・雪は溶ければ消えてしまうだけの運命で すが大地はいつまでもそこにありつづけ、溶けきった雪すらも優しく受け止めるのです。そして金色 の太陽の瞳。どんな宝石よりも美しく輝き、誇らしく気高き色です。」 穏やかな笑みでそう称賛するリーシェに、マリーは頬を赤らめた。 「―・・本当にそう思う?」 「えぇ、勿論ですとも。リーシェが嘘をいったことがございますか?」 「いいえないわ。」 「では、もっと自信をお待ち下さいな、我が麗しのレディ・マリア。貴女はこれから先ももっともっと 素敵なレディに成長なされるのですから。」 マリーはちゅっと可愛らしい音を立ててそう言ったリーシェの頬にキスをした。 「ありがとう!だからリーシェって大好き!!」 そしてその腕から地面に降ろされると再びマリーは駆け出した。 ―・・今、リーシェはマリーと供に夜の城の東側に位置する雲海へと遊びに来ていた。 約束どおりマリーは日々の日課をつつがなくこなし、そして時間が空けばリーシェをこうして連れ出 しては遊びに出かけるのだ。 「ねぇ!リーシェー!!」 マリーの声が少し離れた所から聞こえてきた。 見ると草原に大きく生えている木の下に立っている。 「この木はなぁに?」 「あぁ・・・これはナタダの木ですね。珍しい・・・普通ならこのナタダの木は深い森に群れて生息して いるはずなのですが・・」 ナタダの木は燦々とした太陽の光を一身に浴び大きな枝を広げ濃い緑を一杯に茂らせている。 その枝にはまばらにだがとても瑞々しいオレンジ色の実を生(な)らせていた。 「マリー様、ナタダの木の実はとても甘くておいしいのですよ。お食べになってみますか?」 「えぇ!」 マリーは意気揚々と頷いた。 リーシェは幹に足をかけると身軽に登っていく。 「リーシェー!大丈夫ー?」 「えぇ大丈夫ですよマリー様!」 少し風が強いがそれでも揺らぐことなくしっかりとした枝を伝い、熟れた実を手にとっていく。 そのまま枝から飛び降りようとしたその瞬間―・・強い風が再び吹いた。 「あっ!?」 マリーの声に反応し下を向くと彼女の頭にあったはずの帽子がない。 すぐに周囲に眼を走らせると白い帽子が風にあおられ宙を舞っていた。 「マリーの帽子が!」 リーシェは素早く飛び降りると手に持っていた実をマリーに預けすぐさま帽子を追った。 帽子は追うリーシェをもてあそぶかのように軽やかに草原の上を舞っていきやがて―・・運の悪い ことに雲海へと落ちてしまった。 だがそれも岸からは目と鼻の先の位置にある。 少し身を乗り出せば届くだろう。 しかし風はどうやら悪戯が好きなようだ。 岸から身を乗り出し手を伸ばしたもののふたたび風が吹きふわりとわずかに帽子を沖へとやって しまった。 (仕方がない―・・ぎりぎりまでならそう深くはないだろう・・) 幸いにも比較的浅瀬が多い地帯だ。 リーシェは雲海へと慎重に足を踏み入れる。 灰色の雲はリーシェの腰下辺りまで覆っている。 水ではないから濡れる―・・ということはなかったが雲の中はひんやりと冷たかった。 「リーシェ!だめよ危ないわ!!」 追いついてきたマリーが驚きの声を上げる。 「大丈夫ですよマリー様。」 足をゆっくりと進め帽子へと近づいていく。 ギリギリと思われるところまで進み腕を伸ばす。 ―・・が、指先は帽子を掠めるだけでわずかに届かない。 これで更に風にでもふかれたら少々状況としては困難になる。 (後一歩―・・) 踏み出す―・・が突如、体が前のめりに傾いた。 (なっ―・・!?いきなり深く―・・!?) 「リーシェ!!」 そのまま倒れこみそうになったリーシェの身体は―・・しかし雲海に抱き込まれることはなく逆に雲 の上へと上げられたのだった。 「・・・・・・・・え?」 「―・・ったくなにやってんのリーシェ。」 至近距離から耳に響いてきた声は心地の良い聞きなれた低音で―・・ 軽々とリーシェを肩に乗せたその人物はリーシェよりも長い手で帽子をつかむと岸へと引き返して いった。 「―・・へっ陛下ぁ!?」 思わぬ人物の登場にリーシェの声はいつも以上に声高に―・・素っ頓狂に裏返っていた。 Back NEXT |
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