「なぁ、ハールウェイ〜」


 夜の城の最も高き塔にある王の執務室、そこには書類に黙々と眼を通しながら(半ばいやそうに)
 仕事をしている陛下の姿があった。


 「何でしょうか、陛下?」


 宰相はその横に立ち仕事の補佐・・・ならぬ"監視"をしていた。


 「そろそろ休んじゃ―・・」

 「駄目です。」


 有無を言わせずきっぱりと却下された。


 「あぁ〜め〜ん〜ど〜く〜せぇ〜」

 「・・・仕事を溜まらせた貴方が悪いのですよ陛下―・・はい、ソレが終わったら次はこちらです。」

 「げっ・・・」


 あらたに積み上げられた書類をみて陛下は思い切り顔をしかめた。


 「〜〜〜〜だりゃぁぁぁ!!やぁってられるかっ!!ってのこんなの!!あぁっやめ!やめだやめ!
 一時中断!!!」

 「陛下!!」


 宰相の叱責する声にも" そんなこと知ったことか!”といわんばかりに陛下は大欠伸をしながら天
 窓の枠に腰を下ろした。

 
 「陛下!お願いですから真面目に―・・」


 もうなんていうか宰相閣下の声なんて涙声に近い響きがある・・
 でも陛下はそんなことには目もくれずに今日もわが道をいかれています。


 「なぁ、あそこにいるのってリーシェだよな?」

 「え?」


 陛下の視線は塔の下―・・中庭へと向けられていた。
 宰相もそれに続き窓から下をのぞくと確かに―・・中庭を行く東方将軍の姿を確認した。
 白色に光る長髪が動くたびにきらきらと光揺れている・・


 「おっ何かたちどまったぞ?」


 どうやら今の陛下の関心は道行くリーシェに定まったようだ。
 逃げ出す心配はないものの、これはリーシェの姿が見えなくなるまで仕事には絶対に戻らないだろ
 うな・・と確信した宰相閣下は、暫く陛下と一緒にリーシェ観察に徹することに決めた。


 「そのようで・・何か考えことでもしているのでは?」


 と、ビリッと・・空気中に軽く静電気のようなものが走った。


 「・・・・・・・・・おいおいおい。あいつ木に八つ当たりしてるぞ。」

 「陛下と違い彼は繊細ですからねぇ・・・ストレスでも溜まっているのでは?」

 「俺と違って・・・ってなぁお前。それが主君にむかって言う言葉かぁ?」

 「おや、木を治し始めましたね。」


 さらっと陛下の避難をかわす宰相。
 

 「おっ本当だな。あいつらしいといえばそうなんだが・・」


 このような会話のやりとりは二人にとって日常茶飯事なので陛下も食い下がることなくあっさりと意
 識をリーシェへと戻していった。


 「ん?誰か来たな・・あぁバディか。」


 薄緑色の短髪が眼に入る。
 リーシェと比べるとその身体は相当大きい(まぁリーシェの方が小柄・・ということなのだが)
 あれで10年前はリーシェと同じぐらいの身長でもっと中性的な外見だったというのだからまったくもっ
 て信じられない。

 
 「何か怒ってるみたいだな・・」

 「東方将軍と西方将軍は3年ほど前から折が悪いとの噂ですからね。」

 「?何でだ?」

 「ご存じないのですか?リーシェがサラン族で成人の儀を受けたのにもかかわらず分化できなかっ
 たというのを・・」

 「あぁ・・・あれな。」

 「あの一族では何百年かに一度の割合でそういうことがあるそうですよ。分化できないものは"忌
 子"と呼ばれるようで・・彼が実力で得た"将軍"の地位が一族から目に見える"嫌がらせ"を制して
 はいるようですが・・」

 「・・・・・・偏見の目は変えられない。・・・か。」

 
 二人は暫くの間何か喋っていたがやがてリーシェのほうが踵を返しその場を後にしていった。


 「別にそこまで毛嫌いするようなことか?分化できないだけだろ?」

 「サラン族はこの魔界でも随一の古き民ですからね。そういうものを重んじる閉鎖的な民なのです。
 少しでも違う者が出ると"忌子"として処分したがる―・・まぁ私に言わせれば時代遅れの考えです
 ね。」


 宰相の言葉に陛下はふむふむと頷く。


 「そうだよなぁ―・・美人に罪はないよなぁ〜」

 「いや、陛下・・・そういうことでは・・・」


 魔王陛下の悪い所の一つがこれだ。
 ―・・陛下は"恋多きお方"なのだ。

 今まで陛下に喰われ・・・もとい見初められた魔族は数知れず。男も女も関係ない。
 一体どれだけの魔族がこの美しさに騙され泣きをみたことか・・

 (また陛下の悪い癖が・・)

 ましてリーシェはこの界の平和を保つ三柱の一人なのだ。
 宰相自身もわが子同然のように可愛がってきた節がある。
 彼には失礼だが多分今自分は"娘をとられるかもしれない父親"の気分を味わっている。
 
 可愛い後輩のため部下のためー・・ここは何としてでも止めなければ。


 「陛下。お戯れも大概になさいませ。」


 軽くしたためると陛下は肩をすくめ椅子に戻った。


 「あれぇ?俺結構本気だよ?」

 「またそうやって・・・何度同じ台詞を聞いてきたことか・・・」

 「いや、本当だって。」


 呆れる宰相に陛下は軽く笑った。
 
 積み上げられた書類に手を付け始めながらもう一度、陛下は囁くように口を動かした。



 「―・・本気だぜ?」













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