案の定、ハロルドと共に鳥の間へと赴くと椅子に腰掛けていたバディは私の顔を見ると顔をしかめ 皮肉気に笑うと早速毒付いてきた。 「―・・随分と遅いおなりだな?東方将軍?」 嫌悪するような目でこちらを向いてはいるが、その瞳はリーシェを見てはいなかった。 「申し訳御座いません、西方将軍。」 ほら、彼は私を嫌っている。嫌悪している。 私が出来損ないだから―・・ 「はっ―・・」 バディが嫌味たらしく鼻で笑った。 「・・・・・・・・・」 何ともいえぬ空気のまま会議は始まったのだった。 * そしてつつがなく(とはいっても自分とバディの間には高い壁があったが)会議は終わりをむかえ、 今度こそ軍舎へと戻ろうと中庭を進む。 (昔は・・・こんな風ではなかったのに・・・) 歩きながらリーシェは、バディと過ごした懐かしい記憶を思い出していた。 そう・・昔はとても仲がよい友人だったのだ。 バディは私よりも幾つか年が上だったが、里の中では兄弟同然に育った。 共に成長し、共に学び―・・王都へきたのも二人一緒だった。 互いに剣技を磨き、時に競い合い、上を目指した。 友として、兄として、ライバルとして―・・共に行き、そして二人はほぼ同時に将軍職にまでのぼり つめた。 若き将軍が二人も生まれ周りも一族も―・・そして自分自身達も誇らしかった。 やがてバディが先に成人の儀を執り行い"男"になった。 自分もその後に続こうとし、時を向かえ"男"になろうとした。 ―・・でも、私はなれなかった・・ 自分は男にはなれなかったのだ―・・ましてそれは"女"でもなかった。 あろうことか儀式を終えて尚、"両性"のままだったのだ。 稀に―・・本当にごく稀にこういうことが起こるのだという。 どちらにもなれずに両性のまま成人し、時の流れに戻るまで両性で存在し続ける―・・不出来の子 "忌子"。 その時だっただろうか・・ バディの態度が急変したのは。 彼はきっと失望したに違いない。 一族すらも私の"将軍"という地位に遠慮してか口には出さなかったが"空気"が私のことを"出来損 ない"といっているのだ。 自分は彼の期待を裏切ってしまった。 自分は忌子だった。不出来の存在だったのだ。 だからきっと―・・彼が私のことを嫌悪しても仕様がないことなのだろう。 月の満ち欠けと供に変化していくこの体が恨めしい。 今この時も女体へと変化している手を見つめる。 白く細い―・・便頼りなさそうな腕。 リーシェはぎゅっと拳を握り締めるとすぐ側にあった大木にそれをぶつけた。 あまり力はこめてはいないつもりではあったが僅かに魔力を放出しながら打たれたその一撃は その幹の一部分を大きく陥没させた。 本気を出したならばこの木一本が吹き飛ぶだけではすまないだろが・・・ (ふぅ・・・無駄に魔力が多いのも困りものですね・・・) 手に視線を落とすとそこにはカスリ傷すらついてはいない。 両性は他の魔族と比べると魔力が多いのが特徴的だ。 だがその大きすぎる魔力は身体に負担をかけやすい。 だからサラン族は成人と同時に分化を施す。 分化さえすれば魔力は安定し、今まで月の満ち欠けによって男女に変化するもののどちらになって も中性的だった面立ちや体格は大きく変化し成長する。 バディも分化後急速に体が"男"らしく変化し、今では(見目は良いものの)サラン族だといっても"本 当にそうだったのか?"といわれてしまうぐらい男らしくなっている。 だが分化できなかったリーシェは魔力が不安定のままだ。 その不安定さも元来の力量で支えていはいるものの今のように感情的になればそれは乱れ、い とも簡単に魔力はその体から放出されてしまうのだ。 少しの力でも大木の幹はへこみ、傷はすぐに癒される。 そして―・・これはまだ誰にもしられてはいないが―・・いつも力を無理矢理抑え続けているためか その反動でリーシェは基本的に体が弱い・・というか弱くなっている。 このことは何としても隠し通さねばいけない。体の弱い将軍など誰が必要とするのか・・ ここ数年で元から白かった肌は更に白くなり、身体も若干細くなった気がする。 (このままだと私は・・・) そう考えかけた思考を打ち消すかのようにリーシェは首を振ると深く傷ついた幹にその手を当てた。 「しかし・・申し訳ないことをしてしまいましたね。」 手の先に暖かい光が宿る。 時々こうやって何かに当たってしまうのだがそのたびに壊してしまったものの修復はリーシェ自身で 行ってきた。 ―・・いや、だって誰かにばれたらちょっと恥ずかしいですし・・ 何かにあたるのをやめればいいことなのだが・・・でもこうでもしないと壊れそうになってしまう自分 が少し悲しい。 (男になれないとわかったあのときから。心も弱くなってしまったかな・・) 知らず内にふっと口元に笑みがともる。 その顔が無意識のうちに僅かに泣きそうに歪んでいるとはリーシェ本人でさえも気付きはしな かった・・ 幹を癒すと先を急ごうと足を動かした。 だが木陰から出てきたある声に呼び止められてしまった。 「おい。」 振りかえると―・・バディがいた。 思わぬ人に声を掛けられたと思いリーシェは半ば驚きを隠せない。 だがそれも一瞬ですぐに表情を作り冷静さを取り戻した。 「何か御用で?西方将軍」 彼はあれ以来私の名を呼ぶのも、自身の名を呼ばれるのも嫌がっているようだった―・・だから呼 ぶことはない。 バディの顔はとても険しい―・・怒っている顔をしていた。 「さっきのアレは一体どういうことだ。」 一瞬先ほどの行為を見られてしまったのかと内心どきっとしたかすぐにバディのさす”アレ"というの が先ほどの討伐の話だと気く。 「何かご不満でもございましたか?」 「・・・。―・・当たり前だ、貴様の東方軍だけで討伐に赴くだと?ふざけるな!」 「しかし既に話は決しております。今更変えることも出来ますまい?西方将軍も一度は頷かれたで はございませんか。」 するとバディは苦虫を噛み潰したような顔になり吐き捨てるようにいった。 「貴様、そんなに手柄がほしいか」 「えぇ、そうですよ。」 リーシェは間をおくことなくすぐに肯定する―・・それも笑顔つきでだ。 本当はそうではない―・・この溜まりに溜まっている魔力を一気に開放できる場所など限られてい る。 過去何度も率先して討伐へと赴いた。 そうでもしなければ成人しても尚中途半端なままのこの身体がここまで生き延びることは出来なか ったであろう。 つくづく将軍という地位を得ていて正解だと思った。 過去の一族の文献を紐解けばリーシェのような"忌子"は成人してまもなく"死"を迎えている。 その死に様は実に様々なものがある―・・病弱になっていく身体が病魔にやぶれて死を迎えるも の、あるいは溜まる魔力に身体が耐えられなくなり内から魔力に食い破られる者・・そしてあるいは その力の暴走を恐れた周りの者の手によって命を絶たれる者。 そんな死に方はしたくない―・・死にたくないというのが本音ではあるが流石にこの身体ではどの みち長生きは出来ないだろう。 ならば戦場で―・・この界のために・・誰かの役に立って死にたいと、そう思う。 「はっ!!」 バディの嘲笑する声でふと我に返る。 その顔は酷く汚いモノをみているようで―・・まぁ嫌悪されているのだからこれ以上どう思われても どうってこともないのだろうな・・と心のどこかで客観視する自分がいた。 「さすが"忌子"よ。不出来の者が考えそうなことだな。―・・浅ましい。」 えぇ、そうでしょうとも。 その言葉・・何度聴いたことか。 私は浅ましい存在なのですよバディ。 私は―・・穢れている、汚れている。 「―・・そうでもしなければ"忌子"の私はたちまち役立たずと罵られ消されるでしょう?私だって自分 の身は可愛い。生きていくためには必要なことなのです。」 先程よりも笑みを深めてそう言い返す。 バディの顔が歪んだ。 (そう・・・君が私を嫌悪するのは仕様のないことなのです。だから私は君に嫌われる努力をしま しょう) 彼の言葉に傷つかないことなどないけれども・・それでも彼が私を嫌悪していることには変わりは ないのだから。 昔みたいに仲良くなれるのではないかと・・またあのときに戻れるのではないかと思い何度も元の 関係に戻ろうと努力した時期もあった・・けれでもそれは無駄だったから。 「話はそれだけですか西方将軍?失礼しても?」 「・・・・・・・・・・・あぁ。とっとと俺の前から立ち去れ。出来損ないめがっ。」 別れの挨拶もしないまま私は彼にくるりと背を向けると足早にその場を後にする。 そうでもしなければこの情けない顔をさらしてしまうことになるだろう。 (嫌われるように努力しても・・・それでも私は君に嫌われるのはいやなんです・・) 長年の友として信じて疑ったない人からのアノ眼差しには耐えられない。 それでも心のどこかでまだ君を友と信じている私は―・・ほらやっぱり愚かで浅ましいんだ。 ―・・いっそのこと心などなくなってしまえばよかったのに。 Back NEXT |
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