リーシェの腕に捕らわれ出てきたのは金の巻き髪が美しい少女だった。 「まったく!マリー様もこんなにお汚れになって。」 そのままマリーを陛下の横に座らせるともう一枚布切れを取り出し白い肌に付いた泥や、服につ いた葉っぱをとっていく。 「マリー様、今はお部屋でお勉強の時間ではないのですか?」 するとマリーは悪びれた様子も無くクスリと笑った。 「あら、だってリーシェ。私は中で座っているより、お兄様と外で遊ぶ方がずっと楽しいのだもの。しょ うがないじゃない。」 ちなみに"お兄様"というのは陛下のことで。 実際にはマリーは陛下の姪御になるのだが"叔父様"と呼ばれるのが嫌だった陛下がマリーに"お 兄様"と呼ばせているのだ。 「ねぇ、リーシェも一緒に遊びましょうよ。」 愛らしい顔で上目遣いにそんなこといわれたらこう・・ぐっとくるものがあるが、そこでおれるような精 神だったならば今、リーシェはこの場にいなかっただろう。 ・・・確かに城に上がったばかりの頃であればこうはいかなかったであろうが、まぁようは馴れであ る。 「マリー様。お遊びになりたい年頃なのは充分に承知しておりますが、まずはご自分に課せられた 事を成してからになさってください。それでは立派なレディにはなれませんよ。―・・陛下もですよ。」 「うっ・・・・・リーシェったら・・いつもより何か強気じゃない?ねぇお兄様?」 「あぁ・・・何だか目が据わってる・・」 そりゃそうだ。 今回ばかりは宰相閣下を助けて差し上げなければ。 「さっ、陛下もマリー様も城にお戻り下さい。いいですね?」 「「はい・・」」 珍しく本気で起こっているリーシェに二人はシュンとなる。 (まったく・・・陛下のこのようなお姿、民には見せられませんね・・) ふぅっと嘆息するとリーシェはしょげているマリーの前に跪く。 固かった顔をほどくと、先ほどとは打って変わって優しい顔でその顔を覗き込んだ。 「マリー様、私は何も"遊んではいけません"とは申しておりません。すべきことが終わりましたら、 私はいつでも喜んでマリー様のお相手をさせていただきますよ。」 「本当!?」 ぱぁっとマリーの顔に笑みが戻った。 「えぇ、リーシェは約束は破りませんよ。マリー様がお呼びになればすぐにでも駆けつけましょう。」 「ありがとう!だからリーシェて大好きなのよv」 マリーががばっとリーシェの首に抱きついた。 「私頑張るわ!だからリーシェも約束よ!!」 「えぇ。」 指きりげんまんをするとマリーはちゅっと可愛らしくリーシェの右頬にキスをした。 「リーシェとだったらお兄様とは出来ないお人形遊びもできるわねvふふっ楽しみ!!」 そういうと足取り軽やかにマリーは城の方へと駆け出していった。 「おいおい、いいのか?そんな約束しちまって。マリーの奴、本当にTPOわきまえずに呼び出すぞ ?」 隣にたった陛下が苦笑気味に笑った。 「それでマリー様がお役目を一生懸命果たしていただけるのであれば大したことはないですよ。」 「・・・・・お前だって色々忙しいだろ?仮にもこの魔界で三大将軍の一人を名乗ってるんだぜ?」 「どうにかなりますよ。というかどうにかします。姫君のお役に立つのが騎士の道理ですからね。さて それよりも―・・」 にこりと笑ったリーシェは陛下の腕をがっしりと掴んだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・逃げないのに。」 「いいえ、陛下。そういって前は一度逃げられてしまいましたので。今回は真に失礼ながらこのまま 宰相閣下の所までお連れ致しますのであしからず。」 陛下お許し下さいな。 でもこのままだと宰相閣下ばかりかこの魔界までも傾いていく気がするので・・ と心の中で切に思いながらそのまま歩き出す。 「ったく、・・・ほんとお前、その細い腕の何処にそんな力があるんだよ?」 「鍛えてますから。」 「でも全然筋肉なさそうに見えるけど?」 「体質ですからね。」 リーシェは線が細い。 筋肉が付きにくい体質・・とはいえないほどに女性のように細い・・・・が女性ではない。 ―・・だがらといって男性でもないのだ。 「でも最近更に体の線が丸みを帯びているような・・」 「うわぁぁっ!?って何処触ってるんですか陛下!!」 上司のしつこいセクハラ攻撃をかわしながら(それでも腕は放さない)リーシェは応える。 「お忘れですか、陛下?我等サラン族は成人するまでは両性で、満月が近づけば身体は女体に 近づき満月の日のみ完全な女体へ、そしてそれと逆に新月が近づけば男性体へと近づき、新月 の日のみ完全な男性体へと変化するということを。」 「あ〜・・そういえばそうだったな。」 陛下の生返事に、リーシェは本当にわかってるんだろうか、この人は?と今更ながらに不安を覚え てしまった。 この性格さえなければ外見も能力も"魔王"に充分すぎるほどに当てはまる。 そう・・・この性格さえなければ、歴代魔王の中でも例を見ないほどに素晴らしいお方だというのに ・・・・ と、そんなことを考えているうちに、あっという間に城の中へと戻っていたようだ。 そしてタイミングよく宰相がその場へとやってきた。 「げっ。」 陛下・・そんな露骨にいやな顔をなさらずとも・・ 「陛下!!」 宰相閣下の方はというと・・・あぁやっぱり怒っていらっしゃる。 そのまま陛下を宰相に引き渡す・・・陛下、そんな捨てられた小竜のような目をしないでください。 「御苦労でした、東方将軍。」 陛下が見つかったことに安堵してか宰相閣下の言葉遣いも公式のものに戻っていた。 「それでは―・・さっ、陛下参りますよ!!」 「いててててててっ!!ひっぱるなハールウェイ!!」 耳をひっぱられながら陛下は宰相閣下に連れて行かれる。 あぁ・・本当においたわしい・・・・ 「リ〜シェ〜〜〜〜〜〜!!!!」 陛下、城内でそんなに大きい声を出されないで下さい。 これも陛下のためなのですよ。 あぁそんなに腕を伸ばして助けを求めないでくださいな。 私はそんな陛下に手を振りながらにっこりと見送る。 敬愛なる我が君、どうぞお元気で・・・ 今生の別れ―・・というわけではないがどうにも宰相閣下につれておかれる陛下をみているとそん な気がしてならないのだ。 「さて―・・」 用も済んだことだ。 軍舎のほうへと戻ろうかと180°方向転換して通路を進もうとする。 が―・・ 行く手を大きな影がさえぎった。 魔界で最上級クラスの力を持つ三大将軍の一人であるリーシェではあったが少々・・・・というか 多少ドジな所がある。 通路脇から出てきた影に気付くのが遅れおもいきりソレにぶつかってしまった。 しかも今は女体へと変化している途中。 反動で体が後ろへと倒れかけた。 「わっ―・・!?」 影から腕が伸び、それを止める。 「何をやっている。」 「やっ・・やぁハロルド。」 いてて・・とぶつかってしまった額を押さえながらリーシェは、頭三個分は上にあるかと思われる顔 を見上げた。 そこにあるのはふさふさとした灰色の毛に覆われた、狼の頭。 コバルトブルーの鋭い瞳がこちらを見つめていた。 ハロルド・バートン。 三将軍の一人、南方将軍である。 この魔界には実に様々な魔族や、魔物が住んでいる。 ハロルドは獣人型の魔族だ。 全身を灰色の毛に覆われており、顔や手足は狼そのものだ。 だがその指は人型魔族のように五本に別れているし、身体は人型の男性のものだった。 服だってしっかりと着ている。 服といっても鎧なのだが・・ 「何をやっている。」 少しくぐもった・・だが聞き取りにくくは無い低音がもう一度尋ねてきた。 「すいません・・陛下をお見送りしていて・・軍舎に戻ろうとしていた所なのですが・・」 「陛下を・・?あぁ・・またか。」 ハロルドはそれだけで今までの状況を理解したらしい。 ・・・・・・まぁ、陛下の脱走はこれがはじめてというわけではないですからね。 「―・・まぁいい。丁度よかった。リーシェ、これからお前を呼びに行こうと思っていたところだったか らな。」 「私を・・?ですか?」 「あぁ。使いを送ったのだが軍舎にはいないとのことだったのでな。」 「何かあったのですか?」 「否―・・特に急ぎ・・というわけでもないのだがな。」 ハロルド自ら探しに来るとは何かあったのかと心配にしたリーシェだったが何もないといわれほっと する。 「では・・?」 「いや、なに。北方で発生した魔物の件についてなんだがな。」 ここ魔界にも魔族を襲う凶悪な魔物は存在する。 魔王軍はそれが民に害をなさないように討伐することを成合とする。 この魔界は陛下が治めるいわば巨大な一つの国家なのだ。 争う国はないけれども(平行して存在するほかの界は別として)コノ魔界の平和を守るのが魔王軍 なのである。 「今後の動きについて三将軍で話し合おうと思ったのだが・・」 「バ・・西方将軍も・・ご一緒・・・なのですよね?」 「あぁ、既に鳥の間にて待機している。」 「そう・・ですか・・」 バティ・アルマートン・ルビィ・シッシュ・ゴシャ。 西方将軍であり、リーシェと同郷―・・つまり同部族で幼馴染でもある。 同種族といっても彼はもう両性ではない。 10年ほど前に成人の儀を終え、男性体へと変化している。 「どうかしたか?」 押し黙った私にハロルドは首をかしげた。 「お前がバディを苦手をするのもわかるがここは我慢してはくれぬか?」 「いぇ・・・・苦手・・というわけでは・・・」 苦笑してこたえると、ハロルドは”そうなのか?”と再び首をかしげた。 「只・・・バディは私がいると不機嫌になるのではないかと思いまして・・何せ私は―・・」 ぎゅっと知らない内に唇を噛んでいた。 「―・・私は彼に嫌われていますから。」 Back NEXT |
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