魔に属する者が集い生きる世界―・・”魔界”


 空を支配するのは雲ではなく赤黒い霧。
 広大に広がる大地と共にこの世界を二分しているのは”雲海”とよばれる海。
 しかしそこにあるのは海水ではなく真白い雲。
 
 その下を垣間見ることは出来ず雲海に落ちれば最後、這い出すことは不可能とされる、

 その下には凶暴な太古の魔物が住むとも、又、別の界に続いているともいう。

 

 その奇妙な天と海を除けば大地にある物は人界とさほど変わりはないのだろう。
 
 緑があり、山があり、川もある。
 色とりどりの花も咲き誇るし、街だってあるのだ。

 魔界の大陸の中心には都があり人々―・・この場合魔族というのが適しているのだろう―・・が数
 多く住んでいる。

 そして更にその中心―・・そう。魔界の中心、この世界の中心ともいうべき場所に、界を統べるお
 方"魔王陛下"が居城"夜の城"があるのだ。








                              *








 城内をせわしく駆け回る一つの影があった。

 出会う者すべてに声をかけでは同じ事をきいている。―・・どうやら誰かを探しているようだが。

 その姿を道行く通路の先に発見し、リーシェ・ヴァン・ベトヴェニス・ラードン・シンシアは”おや?”と
 首をかしげその人物に近づいていった。


 「―・・宰相閣下、いかがいたしましたか?」


 リーシェが声を掛けると、この魔界でも陛下の次に力をお持ちといわれているハールウェイ・ゴウリ
 ザント・ベティーマ宰相が困ったような顔をしたままこちらに気付いた。

 「あぁリーシェ―・・」


 周りに部下の者もちらひらといたがそれでも階級名でなく普段呼び親しんだ愛称で呼ぶのは余程
 切羽詰ってのことか・・

 その様子をみてすぐにリーシェはあることに思い至った。


 「また・・・ですか?」


 するとリーシェの読みがあたったのか宰相は心底困ったように頷いた。


 「今月に入ってこれで六回目・・・・。まったく陛下にも困ったものだ・・まだまだ処理しなくてはなら
 ない書類が山ほど残っているというのに・・・・・・はぁ・・」


 この落ち込みかたから見るに大分仕事が溜まっているらしい。
 陛下がご不在のときはそのツケは全て宰相閣下にまわってくるのだ。


 「ここにくるまでの間で陛下のお姿は見てはいませんが・・」

 「そうか・・」


 肩を落とし深く深く落胆している宰相閣下をみていると何だか雨の日に捨てられた小ドラゴンをみて
 いるような気持ちになってしまった・・


 「あの・・宜しければ私もお手伝いしましょうか?」

 「本当か!?」

 
 途端、宰相の顔がぱぁっと明るくなる。


 「いや、助かる。すまぬなリーシェ」

 「いえ、陛下は神出鬼没でいらっしゃいますから。大勢で探した方が効率がいいでしょう。それでは
 私はあちらを探してみますので―・・」


 そういって宰相閣下に別れを告げると、リーシェは迷うことなく城の外へと足を進めた。

 ―・・心当たりはある。


 (陛下のことですからまた、あそこでしょうね・・)


 やれやれと呆れたように溜息をつくと、可愛そうな宰相閣下のためにも目的の場所へと急いで進
 むのであった。



                            *




 "夜の城"の西の外れに小さな庭園がある。
 あまり手入れはされておらず、もはや忘れられたとも言っていいほどの自然体で残っている庭園で
 ある。
 
 花も数えるほどしか咲かず、城の者がここを訪れることは滅多にない。
 
 鬱蒼と生い茂る木草の中をかき進み、暫く行くと半分朽ち果てたといってもいい東屋に出る。



 その東屋の中―・・長椅子に仰向けで寝転ぶ人物がいた。
 
 漆黒の長髪を一つに括り、体躯の良い体を長椅子からはみ出させながら寝転がっている。
 この魔界において最も美しく気高いとされる顔は―・・陛下にあこがれる数多くの(貴族、平民問わ
 ず)女性が見たらショックのあまり倒れてしまうのではないかというぐらいにだらしなくなっていた。

 口を半開きにし、かすかにだがいびきまでかいている。―・・あ、涎が垂れてる・・

 そして更に追い討ちをかけるようにその顔には・・


 「陛下。」


 リーシェは笑いをこらえながらその身体を揺さぶり起こした。


 「〜っ・・・・ん?お〜何だ、リーシェか。おはよう。」

 「"何だ"ではございませんよ、陛下。まったく・・おいたわしい・・」


 リーシェは懐から綺麗な布切れを取り出すと、その顔―・・特に口と目の周りを丹念にぬぐった。


 「ててててて・・・ん?何だ?」

 「少し我慢なさってください、陛下。」


 敬愛してやまない君主の美しい顔はあろうことか念入りに落書きされていた。


 「まったく・・マリー様ですね?このようなことをなさるのは。困った方ですね・・・・陛下もマリー様も。」

 「はははははは!!まぁいいじゃないか。ただの子供のいたずらだ、まぁ多めにみろ。」


 豪快に笑う陛下とは裏腹に、リーシェは再びはぁと溜息をついた。
 顔の汚れを全て落とし終わると、リーシェは立ち上がり素早く背後の茂みへと足を運んだ。
 そしてその中にガサガサッと手を突っ込む・・と


 「きゃぁっ!?」












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