竜使いたちの朝は早い。

夜が明けるよりも前に竜舎へと赴き、仕事を始める。

その日もいつもと変わらず同じように竜の寝床の藁を取り替えるために準備をしていた彼らだったが、静

かに惰眠をむさぼっていた竜たちが急に首を起こし、どこか落ち着かない様子でいななくため手を止めざる

おえなかった。

「どうした?どうどう−・・」

宥めようとするがそれでもなお竜たちは興奮さめやらないままだ。

「一体どうしたんだ?」

このまま騒ぎが続けば家人たちがおきてきてしまう−・・困ったものだ、と考えあぐねていると竜舎の外から

声がした。

「おい!!大変だ!!」

その声に竜使いたちはわらわらと外へ出て−・・指差す方向の空を見上げ唖然とした。

「何だ・・あれは・・・」

空の彼方−・・うっすらと明るくなり始めた薄闇の中、こちらへと向かってくるいくつもの黒い影。

それは彼らにとってはとても馴染み深い影でもある。やがてその姿がはっきりとわかるまで近づいたとき

そこに掲げられた旗印を目にした彼らは再び唖然とするのであった。



                           *



屋敷のもののほとんどがまだ夢の中にいるであろう時間。

彼は耳障りともいえる喧騒によって目を覚ました。

「−・・何事だ!!」

声を荒げるが応えるものはいない。

騒がしさはやがて彼の居室へと近づいてきた。

ただならぬ雰囲気に彼は枕元に忍ばせてあった剣を手にとる。

何の断りも無く開かれる扉、そしてなだれ込む鎧姿の兵士たち−・・

抜刀した彼は切っ先を侵入者たちに突きつけると良く通る声で詰問した。

「何者か!!私をミネルバ・ジル・ヒーリュリントと知っての所業であろうな!!誰の命でわが屋敷に断りも

無く踏み入ったか!答えよ!!」

「私ですよ」

塀の壁を掻き分けて唯一武装をしていない青年が歩み出てくる。

その姿にヒーリュリントは目を見開いた。

「ハールウェイ!?何故貴公が−・・そもそも貴公に兵を動かす権限は与えていないはずだ。それとも私兵

かね?」

「いいえ、これは正規の軍ですよ−・・よくご覧になってください。お分かりになるでしょう?」

彼の言葉によくよく目を凝らせば確かに、黒地に竜がかたどってある軍の紋章が見える−・・しかし、あの

色は・・まさか・・・

「真紅の竜・・・」

「確かに、兵を動かす権限はあなたにはあたえられていません」

皮肉気味に笑うハールウェイに言葉に応じるようにもう一人−・・彼の登場にその場にいた兵たちは礼をと

り、道を開けた。

「俺が与えた」

「陛下・・・」

ヒーリュリントは慌てて寝台を降りるとその場に跪いた。

「かような所においでとは・・お呼びいただきましたら馳せ参じましたものを」

「必要ない。俺はまどろっこしいのは嫌いだ。」

つかつかとヒーリュリントの前まで進む。

彼を見下げる魔王の瞳には何の感情もないように見えた。

「ミネルバ、何故俺がここに来たか、わかるか?}

「・・・・・おそれながら、わかりかねます。」

「心当たりがおありではないと?ヒーリュリント卿」

「まぁ待て」

いいよるハールウェイを制する。

「なぁ、ミネルバ」

世間話をするようなのんびりとしたテンポで陛下は話す。

「あの二人は全て認めたぞ?」

わずかだがヒーリュリントの肩が揺れた。

「まだ続けるつもりか?・・・・いっただろう?俺はまどろっこしいのは嫌いだ、と。」

「・・・・・・・・・・・そう、でしたね。・・それは・・申し訳ございませんでした。」

そういって立ち上がると、ヒーリュリントは陛下に向かって深々と一礼した。

その口元は・・笑っていた。

「陛下・・・どうやら我々は貴方を侮っていたようですね。貴方はもう子供ではありませんでした」

「当たり前だ。」

陛下の返答にヒーリュリントの顔は・・・・少し泣きそうだった。

ハールウェイは兵に命じ、彼を拘束させる。

「ミネルバ・ジル・ヒーリュリント、ペリオドット卿暗殺および国庫私的流用の主犯とみなし、貴公を拘束させ

ていただく。」

簡略化した罪文を読み上げたハールウェイに彼は薄く笑って見せた。

「ゴウリザント卿−・・卿はもっと賢いと思っていたのだがね。」

「えぇ。しかし賢すぎるものは疎まれやすいものです。」

すれ違い様、ヒーリュリントは問うた。

「いつ?」

「-・・あなた方が侮っていたのは私たちも然り、だということですよ。まかせすぎたのが仇になったようです」

「そうか・・」

私もまだまだ青いな・・とつぶやくと、彼は兵士に連れられ屋敷を後にした。

その後姿は落ち込みはしているものの、何か一つ大きな荷物が降りたようで・・軽くなったようにも見えた。














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<8>裁く者裁かれる者