----・・よくある話だ。面白くもない。 実につまらなさそうに陛下はいった。 ことの起こりは今から20年前−・・まだ先王陛下が崩御される少し前のこと。 晩年を床の上で過ごすことが多くなった王に周りは、後継者を立てるのに躍起になっていた。 そして選ばれたのは側室の子供−・・わずか五歳にして多大なる魔力を秘め、国中の占者に指し示された。 やがて古き王は死に、彼は即位した。彼の後ろ盾には先王の宰相でもあったペリオドット伯。 当然、まだ幼き王に代わって執政をとるのは彼になる。 しかしそれをよく思わないものもいた。旧王派と対立する革新派−・・いつの時代も野心を持つものは少なく ない・・・ここから先は実によくある話だ。 彼らはその当時随分とご高齢であったのをいいことにペリオドット伯を病に見せかけ亡き者とした。 旧王派の筆頭でもあったペリオドット伯が亡くなってからというもの革新派の勢いは増し、その後釜をまんま と手にしたというわけだ。 幼き王を傀儡に政権を意のままに・・・・・・・だがここで思わぬ誤算が現れる。 王が思った以上に”愚鈍”だったのだ。 ―・・今思えばアレも全て陛下演技だったのでしょうな。・・・実に恐ろしい方だ。 取調べを受けていたヒーリュリント卿の言葉が思い出される。 とにもかくにもそれに気付かぬ革新派の面々は事あるごとに魔王の道楽と酔狂に振り回される形となった。 傀儡とはいえ仮にも王なのだ―・・従わぬわけには行かない。 矛先を変えなければこのまま手綱を握り続けることは不可能だ。 三度の宰相入れ替わりによってやっと彼らは動いた。 体のいい人身御供を立ててしまおうと―・・革新派に大きく痛手にはならない者でそこそこ使えて彼ら自身の 有益に繋がるもの、そして魔王からの無理難題そのた諸々を全て押し付けられるもの。 駄目になればまらすげ替えればいいだけのこと。それだけの話だ。 そうして持ち上がったのが今回の異例の宰相選抜。 ・・・だがここにも一つ。彼らにとっての誤算があった。 ”優秀すぎたのだ” 仮にも宰相となるものを集めるのだ。”そこそこ”とはいえ他の貴族への対面上優秀な人材を集めざるおえ ない。 集まり篩いにかけられ―・・残ったもの達は彼らの予想以上に働き、そして”動いた”。 それはこの数年間、愚者という仮面の影で一人動いていた魔王との利害に一致した―・・その結果がコレ だ。 * 「いや、しかし今回は骨が折れた。」 一服しようと持ちかけてきたのは今度こそ正真正銘、本物のブリッドだ。 一仕事終えた二人は未だかつてない落ち着きの中、茶をくみ交わす。 「前々から細々と進めてはいたが―・・急に一晩で全部まとめろと言われた日にはさすがの俺達でもあい た口が塞がらなかったぞ」 「すまないな。この件に関してはいつか皆に例をせねばならんな。」 肩をすくめながらハールウェイは手にした書類に目を通す。 「おいおい」 「ん?」 「一服するっていったばかりだろう?」 「あぁ・・つい慣習づいてしまったようだ。どうも何かしていないと落ち着かない」 その様子にブリッドは苦笑するしかない。 「まさに職業病って奴だな。-・・で?おエライさんたちの処分はどうなったんだ?」 「コレを気に革新派をつぶしてしまおうとも思ったのだが・・・潰した途端、旧王派に出張ってこられても面倒 だからな。何より陛下の成人の儀のまえだ、元より表沙汰にするつもりはないさ。―・・弱みを握っておくの も手だ。」 「主犯の方々にはそうそうに隠居願って田舎に幽閉ってとこか?で、こっちに都合のいい頭に代替。怖い、 怖い。革新派の爺さん達よりもよっぽどお前のほうが腹黒いではないか」 「当然の処置だと私は思うがな?」 「それはそうとー・・」 ブリッドは身を乗り出し、しかめ面で聞いてきた。 「陛下はその処置で納得していらっしゃるのか?ペリオドット伯の仇なんだろう?」 ----・・俺にとっては祖父のような人だったからな 先王から仕えてきた彼は、離宮で母とはなれて暮らす幼き少年にとって、滅多に合えぬ実の父よりも近しい 存在だったのだろう。 「・・・・・それに関しては陛下も異論は無いそうだ。」 ----・・”仕返し”はこの十年充分してやったし、最後の最後で大どんでん返しだ。ザマアミロってやつだな それで充分だ、と彼は行った。 ----・・この件を表沙汰にして彼らを処刑するのはたやすい。だがこれ以上”政”を混乱させるわけにはいか ないだろう。 それともそうさせたいのか?と聞き返した陛下の顔を思い浮かべる。 「あの方は立派な王だよ」 仕える価値がある、魔王陛下だ、と。 穏やかな笑みで語るハールウェイに「そうだな」とブリッドも返した。 「あの件が片付いて以来、陛下も真剣に政に参加してくださるしな」 成人の儀を2週間後に控え、陛下は実に”陛下”らしくなった。 無闇に色気を出しまくって享楽に誰かをひきずりこむことも無くなったし、公務をサボることも、書類をタライ まわしにすることも無くなった。 「ようやく―・・いい風が吹いてきたな。」 「あぁ、本当に」 二週間後。 魔王陛下の成人の儀は華々しく執り行われ、陛下はその美しいご尊顔を国民に見せつけ絶大な人気を 勝ち取った―・・ * その翌年。 ハールウェイ・ゴウリザント・ベティーマはめでたく宰相に任じられた。 彼の仕事部屋である宰相室には木漏れ日が差し込み―・・懐かしい喧騒に包まれていた。 「宰相閣下!こちらに印鑑を!!」 「ゴウリザント宰相、この書類はどこへ―・・」 「宰相殿!至急こちらに目を通していただきたく」 迫り来る声と書類の波に半分埋もれながらもハールウェイは黙々と事務をこなしていく。 「レジィ、それを次は書記官長のところへまわして、テレジーそれはブリッドの机へ―・・クァハン、2枚目と 6枚目、計算が違う、再提出だ」 何だかデジャヴが・・・と頭が痛くなるが、止まる暇などない。手と脳をフル活用しているとあけっぱなしの宰 相室に大声で駆け込んでくるものがいた。 「宰相閣下―!!」 「今度は何だ!?」 若干、涙目の部下のまなざしに嫌な予感を覚えてしょうがない。 「陛下がどこにもいらっしゃいません!!!!」 ピキ―・・っとハールウェイの眉間にしわが刻まれ、周囲の温度が低下した。 今月に入ってコレで三度目。おかげで仕事が滞って仕方がない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・一度でも尊敬してしまった自分が許せない。 「陛下ぁ―――――――――――――――――!!!!!!!!!」 そして今日も夜の城には若き宰相の声が響き渡ったのだ。 back FIN 後日談。 「いやーだって真面目ぶるのも結構疲れるしなー。たまには生き抜きも必要だよなー?な?」 「却下です」 |
<9>宰相の憂鬱