結局,過去の例に漏れずあのくそガ−・・ではなく陛下のいうとおりに勝手に印を押して帰ってきた。 その足で書記官長殿の屋敷へと赴き用を済ませると夕刻前には城に戻ることができ、あずけていた残りの 仕事をさっさと片付け終わらせる。 久しぶりに早く帰れることに浮き足立つ面々を見送りながら、ハールウェイは一人残ると先程、直属の部 下から渡された書類をよみふけっていた。 「・・・やはりそうか。」 我知らず溜息が漏れてしまう。 自身が相当まいっていることにあらためて実感する。 やりにくいことこの上ない。何もかも中途半端すぎる。 あの方の行いも。今の自分の地位も。 もし私が今、宰相であったならもっと効率よくことが運んだだろうに。 いっそのこと何もしないでくれていたのならどんなに楽だったか・・ 「だがそれでは・・・」 「よぉ、まだ何かやっているのか?」 ゴンッと酒瓶が机の上におかれた。 哀れにもその下敷きになった書類を救出しながら、後ろを振り返る。 「ブリッド、お前こそここで何をしている?今日こそは花街に繰り出してやると豪語していたはっずだが?」 「気が変わったんだ。灯りがついてたからな、気になって戻ってれば案の定、我らが大将がいらっしゃる。 ・・・・・あまり根を詰めすぎるなよ。今、お前にまで倒れられたら俺たちが困る。」 「あぁ、わかっているさ。そろそろ切り上げようと思っていたところだ。」 「そうか、なら一杯付き合え。」 有無を言わぬブリッドの言葉に、やれやれと肩をすくめると「では、一杯だけ」と杯を受け取った。 「しかし、お前には恐れ入る。あの陛下相手によくもつな。」 「正直、戸惑ってはいるがな。」 戸惑っているところか腸煮えくり返ることもあるが・・・まぁあえていわないでおこう。 「ようは、慣れだ」 酒をあおる−・・濃厚な味が喉を焼いて胃袋へと落ちていく。 「慣れ・・・ね」 「仕えるとはそういうものだ。時には我慢も強いられる。」 「ははっさすが主席殿!!といったところか!」 「何だそれは」 「そう怖い顔をするなよ、褒めているんだ。−・・しかし陛下も酷な事をされる。ここまで優秀な配下がいる というのに・・いや、いればこそ、か。お前のような有能な配下がいるからこそ陛下がどれだけ怠惰で無能 であろうともこの界が成り立つというものだ」 「ブリッド、口が過ぎるぞ」 酒を口にして饒舌になっているのか、ブリッドの口は止まらない。 「何、本当のことだ。いくら力が強かろうが美しかろうが、無能では意味が無い。なぁハールウェイ、お前は 今の現状で満足しているのか?」 「何?」 ブリッドの瞳が暗く光る。 「このままいけばお前は必ず宰相になるだろう。その実力ならばほとんどの実権を手にするのも時間の問 題ではない。十三貴族、長老会・・・無能な魔王も傀儡とすることも容易いだろうな。だが、それならいっそ のことお前が、魔王になってしまえばいいんじゃないか」 「なっ−・・貴様、何を言っているのかわかっているのか?」 「あぁわかっていってるんだ。それに見合った力も十二分に持ち合わせている・・・お前になら可能なこと だろう?なぁハールウェイ」 その口がつむぐのは甘い誘惑。 一度も考えたことがない、といえば嘘になる。 「・・・・酒に酔っての戯言と聞き逃すこともできる」 本気で考え、思案し−・・そして無理だと判断した。 「いや、本心だ。」 「そうか、ならば私が言うべきことは一つだ。」 魔王は”魔王”でなくてはならないのだ。 「ふざけるな」 それ以外のものが成り代わろうなど−・・片腹痛い。 「ふざけてなどいない。俺は本気だぞ?そのためなら協力だって惜しま−・・」 −・・それなのに 「ふざけるな!!」 −・・それを 「私を試しているのか?はっ・・くだらない!実にくだらない茶番劇だ」 ポタポタと酒に濡れた髪から雫が滴り落ちる。 その濡れた髪の下で-”彼”-は、にぃっと笑った。 「くだらなすぎて笑えもしません、もういいでしょう」 −・・それを貴方が口にするとは 「陛下」 「何だ、気付いてたのか」 悪びれた様子も無くブリッドは−・・いや、ブリッドの姿を模した陛下は、至極つまらなさそうに頭をかく。 「酒臭い」 「自業自得かと」 「完璧に装ったんだがな」 「香りが違いましたから・・・普段、彼は香水などつけません」 その答に、何だ、と陛下は笑う。 「消したつもりだったが・・残り香が残っていたか、それともお前の嗅覚が獣人並なのか」 おもしろくない、といわんばかりに彼は術を解く−・・大柄なブリッドの輪郭が歪み、その中から本来の姿 を現した。 「次からはもっと気をつけるとしようか」 「・・・・。陛下、今一度問うても宜しいでしょうか?」 相変わらずにやにやとした顔のまま陛下は無言で先を促した。 「先程のお言葉、陛下の本心でございますか?」 「あぁ、ございますとも」 即答される。 「お戯れもいい加減になさってください。」 「何だ、聞いたのはお前のほうじゃないか」 頭に血が上りそうだ。 「・・・・私を試しておいでですか?」 それを理性を持って押しとどめる。 「試す?・・・・あぁ、そうだな」 冷静になれ、怒りで物事を考えてはいけない。 「その通りだよ、ハールウェイ。お前が真に俺に忠誠を誓っているかどうか、試したかったんだ」 目を伏せ孤独な唇がつむぐ言葉は 「−・・とでもいえば満足か?なぁ主席殿?」 嘲りの言葉と侮蔑の笑みを刻む。 back NEXT |
<6>誘いて惑わす