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北の宮。 城の北に並び立つ塔の一つにある魔王の居室のことである。 魔王専用の執務室や、謁見の間は中央の塔にあるが、今生の魔王は自室にある北の宮にいることが 多いのだ。 ほの暗い回廊を進むにつれ生き物の気配がなくなり無機的な静かさが湧き上がってくる。 やがて北の宮の最奥に辿り着くと、出迎えるのは銀の彩飾が施された扉が一つ。 一応ノックはしてみるものの返事はない。仕方がないのでそのまま扉を開く-・・鍵などはかかっていな い。 室内は回廊よりもなお暗く、紫煙が漂っていた。頭の芯がくらりとするほどの甘い香りが鼻孔を刺激する。 天井からはまるで行く手を阻むかのように幾重にも薄布が吊るされておりそれを払いのけながら前へと 進んだ。 部屋の奥には広すぎるほどの寝台とその上に所狭しと並べられた大小のクッションやら何やら。 その中に埋もれるように眠る影が一つ。 「-・・陛下、御前失礼いたします。書記省書記官長補佐部ハールウェイ・ゴウリザント・ベティーマに ございます。」 礼をとりつつ寝台に近づいていき-・・ 私は体を半歩ずらして上から落ちてきたそれを避けた。 グワッァァァァァァァァアァァァァァンンン・・・・・・・・・ 自分の頭に直撃するはずだったそのタライは金物特有の音を部屋中に反響させながらぐるんぐるんと 回転してその動きを止めた。 「ちっ-・・」 背後から盛大な舌打ちが聞こえる。 寝台の上の影がもぞりと動く-・・どうやら今の音で目を覚ましたようだ。 とろんとした目は隣にいるはずの方がいないことに気付き、せわしなくあたりをただよい-・・私を視界に いれた途端ピタリとその動きを止めた。 「あっ・・あのっ・・・」 慌てて半裸の体を隠すようにシーツをかき寄せ羞恥に顔を赤らめている。 「あ~あ、泣かせた」 「・・・・。」 外野から茶々をいれる声はとりあえず無視だ。 私はきていたコートを目の前の女に羽織らせると、女が着ていたと思われる衣服をかき集め持たせた。 「今日はもう、お帰りなさい。」 「えっ・・あのっ・・・でも」 戸惑う女を問答無用で扉まで連れて行く。 「帰りなさい。着替えはあちらの部屋を使えばいい。」 有無を言わせない言葉にしゅんとうなだれた女は名残惜しそうに部屋を出て行った。 「ったく、つまらないことをする。避けるな。あと勝手に帰すな。」 「避けるなといわれましても迫る危険は回避するように訓練されてきましたし、勝手に帰すなとおっしゃいま したが、どうせ一夜限りの遊び相手ならば使い捨てられる前に良い思いが残っているうちに帰してやった ほうがいいでしょうという私の心ばかりの気遣いです。」 「余計なことを」 「それは失礼いたしました。」 閉じられたカーテンを開け光を入れる。ついでに窓も開けて空気の入れ換えもしてしまおう-・こんな甘 ったるい匂いに囲まれていたら鼻が削げ落ちてしまう。 「ちっ・・・まぶしいな。何だもう朝か。」 「正確には正午過ぎです陛下。」 振り返ると部屋の真ん中に用意された机の上に行儀悪く腰掛けている少年(いや、もう青年と呼ぶべき か)が顔をしかめていた。 象牙のように白いが健康的な肌、弱弱しくないが隆々とついているわけではない筋肉は程よくその身を 覆い、その上半身は惜しげもなくさらされている。 そしてそこに流されている差し込む光でさえ吸い込むような絹の黒髪。 ただ一人が持つことを許されている黒だ-・・それと同じ漆黒の瞳がこちらを睨み付けていた。 「細かいところに突っ込むな」 「申し訳ございません」 深々と頭を下げながら、お前が大雑把過ぎるんだ-・・と思ったことはここだけの秘密だ。 「さて陛下。こちらの書類に目を通していただけますでしょうか。その後、了解していただけたならば調印 をいただきたいのですが-・・」 過去の経験上、さっさと用件にはいらないとこの方はすぐに話をそらしはじめ無駄足になってしまうことが 多いため早速書類を陛下に差し出した。 ちなみにこの部屋を訪れるたびに仕掛けられる罠の数はこれで12回目・・・・・もちろん全てかわしてやった が。 「書類?あー起きて早々面倒なもん持ってきやがって・・・お前やっとけ。そこにあるから。」 心底面倒臭いのか、そのまま寝台まで移動するとごろんと横になってしまった。 「しかし、陛下、国庫に関することですのでお読みいただきませんと・・」 「嫌だ。」 このくそガ・・・・いやいや、落ち着け。 「・・・・では読み上げますのでご検討のうえ、印を押す許可をください。」 「あー」 そして私はぎっしりと書かれた嘆願書およびそれに伴う公文書を30枚ほどよみあげることとなった。 -・・読み終わったあとぐっすりといびきをかいて寝ていた主を見て本気で絞め殺さなかった自分を 褒めてやりたいものだった。 back NEXT |
<5>魔王陛下