・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・成る程成る程なるほどナルホド・・・ 私がすべてを理解するまでに一ヶ月とかからなかった。 最初の2.3週間は書記官長の指示の元、”候補生たちが逃げ出さないように”実に巧妙に隠されていたよう だが、ついに”ボロ”を出し始めたのが4週間目のこと。 そしてその時私は、父の”怖れ”の意味を理解し、前宰相の辞任理由もほぼ解した。 だがここまできたからにはやり通すしかないだろう。 途中で投げ出すのは信条に反するのだ-・・と決心した2ヶ月目。 だがついに私の鋼の理性は「堪忍袋の緒が切れる」という言葉にあるようにプッツンと決壊した。 −・・それが3ヶ月目のこと。 * 今日も朝からひっきりなしに書類がやってくる。 場所は既に私たちの”仕事場”となってしまったあの応接間。 持ち込んだ机の上には溢れんばかりの書類、判子、散乱したペン。 人の出入りが激しいため扉は開けっ放しだ―・・だが扱う書類が書類だけにその扉の前には警備の騎士 が常に3人詰めている。 「ハールウェイ、この第三分類だが・・」 「ハールウェイ様、国交省からの追加分お持ちしました!!」 「ハールウェイ殿、ここに印を・・」 常に誰かが話しかけてくる中、黙々と自分の作業をこなしつつ、その合間に他のことを片付けてしまう。 「ブリッド、24枚目3行目、それと26枚目15行目誤字があるぞ、直せ。追加分はそこに、先程周ってき たのはテレジーの机にあるから内政省に持っていってくれ−・・あぁクァハン、丁度よかった、ここに君の 印を頼む−・・ありがとう。」 手を休める暇などない。 まるで戦場での作戦司令室のようだな・・とハールウェイは思った。 決して夜の城の文官や書記官たちが無能なわけではない。 むしろ彼らの働きぶりは”有能”であるといえる。 だがそれ以上に片付けなければいけない量があるのだ。 (いや、この場合は量というよりは”質”の問題か・・) ある程度地位のある−・・それこそ書記官長以上のクラスでなければ扱えない書類。 それがここに全て集まってくる。 それが彼らが日々、睡眠時間を削って仕事に忙殺される4つの理由の一つ。 二つ目。 これは不運な・・・そうとても不運なこととしかいようがない出来事だった。 二ヶ月目に突入して間もないころに書記官長ヒーリュリント卿が過労で倒れ、その拍子に大広間の大階段 で転倒事故を起こしたのだった。 宰相が不在の今、その多大なる仕事は全て書記官長にまわってくるのだ。 よほど無理がたたったのだろう。候補生たちにその権利を”代行”として譲り渡した後、ヒーリュリント卿は 療養に入った。今もなお、安静第一の状態が続いているらしい。 三つ目。 宰相候補の選抜期間が始まって3ヵ月・・・・開始当時32名いた候補生はいまや11名となっていた。 一ヶ月目に半分がいなくなり、それから日を追うごとに一人、また一人とこの場を後にした。 ある程度予想はしていたし、むしろ競う相手が減るのは喜ばしいことではあるのだが・・ せめてあと5人いたら・・・・いや、使えないやつが5人残ってもお荷物が増えるだけか。 しかし今残っているもので、当初の目的を覚えているものはいったいどれほどいるのだろうか。 皆、仕事に振り回されお互いがライバルであることを忘れてしまているようだ−・・否、忘れているというよ りは”忘れたい”だろうか。 何せ、代行とはいえこの界でもっとも忙しい仕事についているわけだ。 複数だからこそ耐えているのだろうが単独で、かつ全体に的確に指示を出すことなど考えただけで頭が 痛くなる−・・と誰かがもらしていたのを聞いたことがある。(まぁ私ならば可能だが) よって今残っている11名は”使う側”よりも”ある程度地位のある場所で使われる側”のほうがむいている と考えたものたちが多数だろう。 だからこそ(最初のころはやっかんでいた彼らだったが)最年少の私がこうして容易に皆に指示が出しや すい立場に自然に落ち着いたのは必然なのだといいきれる。 そして4つ目。 コレが一番の問題だ。 そもそこれが諸悪の源であり、今こうして書類の山に忙殺される結果を生み出したわけだが。 まぁこの元凶がなければ宰相候補生に選ばれることもなかったのだろうが・・・しかし 「しっ失礼します!!南方将軍より書簡をお預かりしてまいりました!!」 息も絶え絶えに入ってきた使者に部屋の中にいた全員がピタリ動きをとめた。 「南方将軍から・・・?」 「ってことはまさか・・」 「−・・私が読もう」 使者からそれを受け取るとその内容にサっと目を通す。 南方将軍からの嘆願書だ。 今年は雨がふらず多くの作物に被害が出ているらしい。それを憂いた南方領土内の領主たちから南方 将軍の元にいっせいに嘆願書が届いたらしい。 あいにくと両隣の東西領土も豊作とはいえずこのひと夏を乗り切るには援助する余裕がないとのこと。 よって城の蔵をあけてほしいという内容だ。 中央領土は魔王陛下のお膝元故か、気候の変動がよそよりも激しくなく不作に陥ることはない。 城の蔵にはそういうときに備えて十分たくわえがあるためなんら問題はないのだが−・・ 「宰相印と陛下の印が必要だな・・」 ぼそりとつぶやいたハールウェイの言葉に部屋のざわめきが大きくなった。 宰相不在の今、代理印は書記官長で間に合うのだが(私たちはあくまで書記官長の代行でしかないため それを押すことは許されない)寝込まれている今、部屋までお邪魔していただくしかないだろう。 問題は−・・ 「さて、蔵をあけるとなると陛下の印はなんとしても必要となるな・・・問題は誰が行くかだが・・」 ピリ−・・と部屋中に緊張が走った。 そして自身に集まる皆のすがるような視線。 「・・・・・・・・・・・・・・・わかった。二つとも私が行こう。ブリッド、夕刻までには戻るつもりだが・・・後は任せ た。」 残った11名の中でも特に有能かつ信頼のおけるブリッドに残りの書類を引き継がせる。 「あぁ、まかせておけ。気をつけてな。」 ポンと肩をたたかれる。 するとそれに続くように、難を逃れたものたちから続々と声が上がる。 「ハールウェイ殿!無事に帰ってきてくださいね!!」 「ご武運を!!」 「ハールウェイ様万歳〜!」 「死ぬんじゃないぞぉ!!」 ・・・・・・・・・・・・・・いやはや、この3ヵ月で妙な連帯感が芽生えたというかなんというか・・・そのおかげで 動きやすいのだが、なんとも複雑な気持ちにさせてくれる。 そして私は部屋を後にする。 向かうは魔王陛下の居室だ−・・ back NEXT |
<4>4つの理由