その話を聞き終わったとき、何か違和感を感じたのは気のせいではないだろう。 用意されたのは東塔にある角部屋。 今の今まで士官学校の殺伐とした空間にいた私にとっては十分すぎるほど華美で広い部屋ではあったが 悪くはない。 客室とは異なり余計なスペースがありふれているわけでもない、実質的な部屋だと思う。 おそらくは文官などが長期間詰める際に使用する部屋なのだろう。 すでに部屋の中へと運び込まれ適当な場所へとしまわれた私物を確認していく。 普通の貴族であればこういう時、常日頃身の回りを世話させる従者をつれてくるのだろうが、今回私の同 行者はいない。 何しろ急だったし、特にいなくても不便なことではない。 自分でやれることは自分でする。―・・それが私のモットーでもある。 こうして他人の手によってしまわれたものをいちいち確認するのはとてつもなく時間の浪費であると思われ るが、自分自身で何処に何があるかを把握するのは後々、何かと便利だ。というのが私の考えでもある。 あらかた確認し終わり、机の周りのものだけ使いやすいように並び替えた私はそこでようやく一息ついた。 自身の手で持参した紅茶をいれ、椅子に腰掛けしばらく一人の時間を楽しむ。 渋みのある味とほのかに甘く香る紅茶に癒されながら、私は頭の片隅にひかっかる”何か”を紐解くため ”思考する時間”へとはいっていく。 思い出すのはつい一刻ほど前の書記官長の話―・・ 話の内容としては宰相候補を選抜するまでの簡単な経緯と、これから6ヶ月行われる宰相選抜期間の 大まかな流れ、そして明日の予定―・・といったところか。 『・・現陛下の御世になられてからまことに残念なことに宰相は3代も代を変えている―・・皆、今は亡き ヴェヒンスト陛下の代よりこの魔界のために尽くした忠義あつき有能な方々ではあったが何分ご高齢 のため無理がたたったのだろう・・何せ代替わりをされて未だ15年。新しき時代を波に乗せるのは容易で はない―・・』 そしてそれに心痛めた若き魔王陛下は老体ばかりに無理をさせるわけにはいかない。 古き時代の経験者たちの知恵を必要だがこれからは才あり若きものとともにこの界を新たに育てていき たい―・・ ということで今回の”選抜”となったとのことだという。 もともと宰相というのはこのような形ではなく。十三貴族、長老会、そして魔王陛下の意見の元、厳選され 選ばれたものがその地位を戴く。―・・まさに今回のことは異例のことだ。 しかし私が引っかかるのはそのことではない。 初代宰相ペリオドット卿は公式発表では病死とされている。 ―・・これは間違いないだろう。ペリオドット卿も随分なお年ではあったし若い頃より胸の病を患っていた。 そして2代目チェスター卿、3代目オキライ卿と続くわけだが・・・ この二方、”ご高齢”というには少々若い年齢だったはずだ。 先代から続く古い時代の貴族では有るが、チェスター卿は父よりも少し年上だが軍人でのため体力的 にはそこらの若者には負けないものがあったし、オキライ卿は父よりも若い。確か私の叔父貴と同い年 だったはずだが―・・・ その二人が”激務のため”過労で倒れ、あろうことか”宰相”という地位を退いてしまうとは・・・・到底考え られない。 それに先日のあの父の様子といい・・・・・ 「”体力的に”・・・というよりは”精神的に”―・・ということか?」 膨大な仕事による精神的ストレスも考えられるが、もとより宰相というのはそれぐらいの仕事こなせなくて いけないのだ。 それができずに倒れ逃げ出したのであればただそこまでの実力しかなかった・・ということになる。 しかしそうでなければ? 他に考えられる原因として挙げられるのは・・・・・ 「魔王陛下・・」 一体、今上の魔王とはどういった方なのだろうか。 「ふむ・・」 何しろ、今の段階では情報が足りない。 何よりもこの推測を固めるべき情報が足りないー・・ 幸い、書記官長ミネルバ・ジル・ヒーリュリント卿には面識がある。 明日からは接触する機会も多くなるだろう。その時にでも話をききだせばいい―・・ 「さて・・このことが吉と出るか凶と出るか・・・」 どちらにしろ今日は早く寝てしまおう。 そう決めた私は早々に寝台の中へと潜り込み、眠りについた。 back NEXT |
<3>宰相候補生