彼の人を飾り立てる言葉ならいくつでもあるのだろう。それこそ星の数ほど。 だが私が初めて彼の人に出会った時、私が感じたことといえば「ひどく退屈な方」なのだなということ―・・ * その日、士官学校を無事、首席で卒業し(私にとっては造作もないことだが)、7年ぶりに実家へと足を運 んだ私は、お祝いムードに屋敷中が湧き立つ中、一人、父の書斎へと呼び出されていた。 「ただ今戻りました、父上」 「うむ。まずは卒業おめでとう―・・というべきかな」 十三貴族の第四席に座す父―・・チェインセント・ヘルス・ベティーマ伯爵―・・は僅かに白髪のまじりは じめた髪を後ろへと撫で付けながら息子をねぎらった。 そんな父の様子に私は眉をひそめる。 七年ぶりの再会なのだからもっと感動的に―・・というわけではない。 仲が悪いわけではないが、かといって再会を劇的に喜びあうほど仲がよいわけでもない。 ・・・いたってこの親子の間柄というものは”貴族らしい”事務的なものだ。 父にとって私が首席で卒業するのは至極当然の結果であり、私もそれに意を表するわけでもない。 これからも父の思い描く通り―・・いや、それ以上の結果を出し、いずれはそのあとを継ぐのであろう。 だからこそ―・・息子の卒業を淡々と労っているはずの父のその口調にどこか疲れたような・・・何故だか これから悲劇的な事柄が起きてしまうのを恐れるような感情が混じっているのが気になった。 更に付け加えていえば、この父が頭をいじるときは何かしらの問題を抱えているときについ出てしまう癖 でもある。・・・本人は気づいてはいないようだが。 「何かありましたか?」 「ん?―・・あぁ・・まぁ・・その・・な。」 ますますおかしい。この父が言葉を濁すなんて。 −・・そうまるで何かにうろたえているかのようだ。 未だかつてない父の様子に私は戸惑いを隠せない。 −・・それほどに何か大きな問題が・・・? 私は瞬時に考えをめぐらせる。 政治的失脚・・?いや、それならば私がこの7年間で作り上げた情報網に引っかからないはずがない。 自分で言うのもなんだが、私が士官学校で築き上げたネットワークは国の諜報機関にもおとらない自信が ある。 では愛人問題かなにかか? −・・それもない。その程度で父がこんな反応を見せるはずがない。 現に私が把握してるだけでも腹違いの兄弟たちは14人いる。 では・・・・?と、考える私に父の視線が突き刺さる。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさか私絡みの問題なのか? いや、しかし・・何か失態でもしただろうか・・? 父の視線に不安がかきたてられる。 しかもその目は―・・なんだか哀れむようなそんな同情の目。 ―・・とっても嫌な予感がした。 父がゴホンと一つ咳払いをする。 「いいか、ハールウェイ。心して聞いてくれ」 「はい、父上。」 「・・・・・・・・あぁ、もしお前が女でこれが見合い話であればどんなによかったことか・・あぁいやしかしそれも それで・・」 ブツブツと、早くも話を脱却しはじめた父の様子に苛立ちがつのる。 「・・・・父上。私は女ではありませんし、女にもなりません。父上らしくもない、はっきりと仰ってください。」 「あぁ、すまない。・・・・・・・いいか心して聞いてくれよ」 「それは先ほども聞きました。−・・それで?」 「―・・次期宰相候補にお前が選ばれた。」 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 部屋に沈黙が落ちる。 宰相候補・・?私が? 「それは・・・・・本当なのですか?」 「あぁ・・まったくもって残念なことにな。」 「残念?」 つくづく今日の父はおかしい。 「何故残念なのですか?宰相ともなればこの界で第二に決定権を持つ存在となるのですよ?まぁあくま で候補ですから、その点では残念といえば残念なのですが・・」 だがなれるだけの実力はあると自負している。 たりないのは現場での経験だけだが、それを補うだけのものは持っているつもりだ。 「それでも喜ばしいことには変わりありません。」 「何が喜ばしいものか!!」 何やら落ち込んでいた父が感情を荒立たせる。 そして顔を真っ赤にしたと思えば次の瞬間にはその顔を青白く変色させた。 「おっお前は・・あの方と直接お会いしたことがないからそのように安直にものがいえるのだっ!!あっ・・ あの方のお相手をするだけでも胃が痛いというのにっ・・補佐でもある宰相になどでもなってみろ!!一族 もろとも身の破滅だ!!」 「ちっ・・父上・・?」 さすがの私もこの父の様子にはうろたえざるおえなかった。 「落ち着いてください父上!!」 「ここここれが落ち着いていられるか!!」 普段の父とは180度も違うその様子にもはやどうすることもできない。 「あぁっ・・恐ろしい・・・アレは悪魔だ・・・」 魔族が悪魔などと・・・だが鼻で笑うことはできない雰囲気だ。 父の言動から察するに”あの方””悪魔”とは今生の魔王陛下のことなのだろう。 15年前に戴冠したばかりの若き魔王だ。 と、突然、がしっと父が私の両肩をつかみ血走った眼で訴えかけてきた。 「よいなハールウェイ!!決して!決して宰相にはなるな!!宰相の地位なぞ他の候補どもにくれてや れ!!お前ほどの力量ならば役職など思いのままだ!!だが宰相だけはいかん!!いいな!断じて最 終選考まで残ってはならんぞ!!」 そこまでいうと父は緊張の糸が途切れたのかフラッと後ろへと倒れこんでしまった。 「父上!?―・・誰かっ!!誰かあるかっ!!ジェイムズ!!」 執事の名を呼びながら、かつての面影を一つとして感じることもできなくなってしまったほどに疲れきった 父を抱きかかえながら私はうなった。 私は高みを目指す。 そして最終といってもよいのがまさに宰相なのだ。 これはまたとない・・・まさに千載一遇のチャンスだといううのに―・・ 「・・・・・・一体私にどうしろというのだ」 今はただそれしかいえない。 TOP NEXT |
<1>ハールウェイ・ゴウリザント・ベティーマ