リーシェが完全に意識を取り戻すまでに更に二日ばかりを要した。

 全快―・・とまではいかなかったが、起き上がって話をすることも出来るよ

 うになったそうだ。

 連日、レディ・マリアがその部屋を訪れているという。

 ―・・こいつは死にたがっている。

 あの夜の陛下の言葉が脳裏に蘇った。

 俺は再び物見の塔に登るとその言葉を一人胸のうちで反芻させていた。
 
 死にたがっているのか?

 死を望んでいるのか?

 (リーシェ・・それほどまでにお前の孤独は深いのか?)

 何故きづかなかった。いや、何故気付こうとしなかったのか。

 ”あいつのため”―・・そう信じて俺は今までやってきた。

 だが実の所、そんなのは俺がアイツから逃げるただの言い訳の一つでし

 かない。

 ―・・俺は怖かったんだ。

 俺のこの想いにもしあいつが気付いて・・それによって俺自身が傷ついて

 しまうかもしれないということに。

 拒絶されてしまうかもしれないならいっそのこと俺から拒絶すればいいん

 だ―・・そんな餓鬼みたいなしみったれた建前のせいにして俺は逃げてい

 たんじゃないのか?

 そしてそれゆ故に俺はあいつの心に気付けなかった。

 昔から誰かに助けを求めることが苦手だったアイツに一番に手を差し伸べ

 たのは自分だった。

 だが今は―・・

 あいつの孤独に真っ先に気付いたのはあの人で・・・・・・そう俺はあの人

 に嫉妬している。

 「―・・っ」

 ぐちゃぐちゃになってきた思考を抑えようと俺は髪を掻きまわした。

 ふと―・・視界のすみに白い影が映った。

 「!」

 塔の下をのぞき見ると何やら瓶を抱きかかえた当の本人が横切っていく

 所だった。

 俺は―・・急いで塔を下った。

 追いかけなければ。そうおもった。何を話せばいいなんて考えてない。何

 も考えていない。

 ただ会わなくてはいけない。そう感じたのだ、直感で。

 塔を出、広い庭園へと足を踏み入れる。

 城の西側―・・今はもう手入れがされておらず近づく者も少ない”忘れられ

 た庭園”へとむかったようだ。

 進むにつれうっそうと生い茂って道を阻む草木をかきわけ、忘れられた庭

 園へと足を踏み入れた。

 ふと、木と木の間に開けた場所が見えてくる。東屋が一つ―・・ぽつんと建

 っていた。

 そしてそこに座る白い影。

 「・・・・?」

 何かが聞こえる。誰かいるのか?話し声のような・・いや、違う?苦しそう

 な・・叫び声。

 (何だ・・・?)
 
 やがて沈黙が訪れた。

 意を決して止まっていた足を動かす。

 「そこで、何をしている?」

 「っ!?」

 弾かれたようにリーシェが振り返った。

 「バディ・・」

 震える声で名を呼ばれた。それだけで心臓がはねそうだ。

 だがそれよりも・・

 「こんな所で何をしていると聞いているんだ。―・・・?お前・・」

 両の目からキラキラと二筋の線が流れている。
 
 心臓が跳ねた。。

 「バディ・・私は・・・」

 「泣いて・・いるのか・・・・?」

 こいつの泣き顔を見るのは幾年ぶりだろう。

 悲しそうな顔をしてもそうそう涙を流した記憶はない。

 数えるほどしか見ていない彼の涙に俺は戸惑った。

 何かにすがるようにその顔は切ない。

 「お前どうして・・」

 反射的にその涙を拭おうとして手が伸びた。

 だがリーシェはすばやく一歩後ずさる。

 「貴方には・・関係ありません」

 少し・・ムッとした。

 「関係ないとは何だ」

 「そのままの意味です。何でもありません。なんでもないんです。」

 そんな顔をしてー・・!

 「何がなんでもないんだ!―・・貴様、何を隠している。」

 「何も隠してなど・・」

 リーシェが脇を抜け立ち去ろうとするのを俺はまたしても引き止めた。

 「離して下さい!」

 「駄目だ。」

 納得がいかない。

 今度は振り切られないようにぐっと腕を握る手に力を込めた。

 離すな!!

 そう心の中でもう一人の自分が叫んでいる。

 「貴方にはっ―・・貴方には関係ない!!!―・・っはなしっ・・・!!」
 
 こうなったら意地だ。離してなるものかと―・・だがあっけなくその手に掴

 んだはずの華奢な身体はあっという間に現れた第三者に奪われてしまっ

 た。
 
 「え?」

 「無理強いは感心しないな、西方将軍?」

 (くそっ―・・)

 思いきり舌打ちしたい気分だ。現れた男と真っ向から対峙する。

 「陛下。」

 「バディ将軍、これは一体どういうことだ?」

 「陛下、誠に恐れ多きことと存じますがそこをどいていただけませんか?私

 はリーシェと話があるのです。」

 「こいつは嫌がっているみたいだが?」

 「僭越ながらこれは我々の問題です。―・・陛下には関係が御座いませ

 ん。」

 「ほぉ?」

 陛下の片眉がピクリとつりあがった。

 だが俺は眼をそらそうとはしなかった。―・・そらしてなるものか。

 「ついに頑固者の重い腰が動いた・・・・というわけか。」

 一瞬ドキッとした。あぁ、やはりこの人は俺の気持ちを知っているのだと。

 「・・・・何のことでしょうか?」

 「ふっ・・・相変わらずすかしたツラしてるつもりなんだろうがな・・生憎と今

 日のツラは見れたもんじゃないぞ?珍しいことだ。―・・だがな、俺も譲る

 つもりはないぞ、バディ?」

 「・・・っ」

 不敵な陛下の笑みに俺は息を呑んだ。

 眼が笑っていない。この人は本気なのだと実感させられる。

 だがここで全てを表に出すわけにはいかなかった。
 
 感情を押し殺す。焦るな。焦って感情を剥き出しにしてしまえばこの人の

 思う壺ではないか?

 「―・・陛下、私には陛下が何を仰っておられるのかよく理解が出来ません

 が?」

 「だろうな。お前みたいに何時までも"迷いの塊"である奴にはわかるまい

 ?だが本当はわかっているんだろ?お前は理解しそしてそれに決着をつ

 けようとしている。」

 ドクン―・・

 心拍数が跳ね上がる。

 あなたに何がわかるというのだ?この胸を焦がすような苦しみがっ―・・

 「だがお前は焦っている。―・・何を焦る?今のお前では最良の結果が得

 られる確率は限りなく0に近い。」
  
 ドクン―・・

 「っ―・・!!!貴方にはわかるまい!!」

 箍(タガ)が外れた。

 思わず我を忘れて、感情が外にあふれ出そうとしたその時―・・


 ドサッ―・・と鈍い音がした。









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