出会えば口にするのは皮肉のみ。 本当はコレではいけないのだろう。俺は逃げている。 昔のように接する自信がないから。この気持ちを抑えられなくなってしまいそうだ から。 俺はあいつから逃げている。 ―・・きっとアイツもそんな俺に呆れているのだ だから今の状況であいつに何を隠しているのか尋ねても返ってくる言葉はきっと ない。 そうわかってはいるのに、いつの間にか俺は東方の隊舎まで足を運んでいた。 今ではすっかり犬猿の仲と認定されている俺の突然の訪問に出え迎えた東方の 兵は眼を瞠っていたが、遠征前に東方将軍に言付けることがあるのだと適当な 理由をいうと、何となしに納得したようだ。 だがかえってきたのは不在の返事。 遠征前だというのに何故居ないんだという苛立ちと落胆―・・そしていなくてよか ったと安堵も覚えた。 そうだ―・・あって何を言うというんだ私は。 まともな会話は期待できないだろうー・・リーシェにではなく私自身に。 だがせめて遠征に出てしまう前に、皮肉でもいい口論でもいい・・・・・・何でもいい から会話をしたいと何故かそう思っただけだ。 西方の隊舎に戻ろうと回廊を進む。 だが角を曲がる所で前方に"歪(ひずみ)"を感じた。 反射的に柱に身を隠す。 ぐにゃりと空間が”歪(ゆがみ)”そこから三つの影が姿を現した。 陛下と、その腕に抱き上げられているレディ・マリアと―・・リーシェ。 ドクッ―・・ 胸の奥底で何かが脈をうった。 嬉しそうに笑うリーシェの姿。 満面の笑みとまではいかないが、心のそこから笑っている。俺にはわかる。 あぁそうか。あいつは今、心底”嬉しい”のだと・・ ドクッー・・ドクッー・・ 心臓が跳ねた。 その時俺の中に生まれたもの。 俺の表層上に出てきた俺の―・・”想い” 俺の中で何かがはじけた。 * 徐(おもむろ)に今では使われていない古い物見の塔に登った俺は地平線に沈も うとしている夕日を眺めながらただ何をするわけでもなくそこにいた。 まだ頬がヒリヒリt痛む・・・・・・・・気がする。 あれから一ヶ月以上が経過しているのだからあの時叩かれた時の"腫れ"などと うの昔にひいている。 それでも痛むと感じるのはきっとその痛みが心に焼き付いているから。 ・・・・・きっとあの時、自分を振り切り走り去っていったリーシェの顔が忘れられな いからだろう。 あの翌日―・・何事も無かったかのように、出立式でのリーシェは凛として美しか った。 だが陛下から拝命を賜った直後、その二つの体が息が触れるほどに近づいたの を俺は確かに見た。 (何を・・話していたんだ・・?) あの日から胸のうちに巣くったこのもやもやは晴れるどころかどんどんと降り積も っている。 ひどく落ち着かない。そわそわとした気分になる。 (これは・・・・嫉妬というものか・・・?) 突き放したのは自分だ。遠ざけたのは自分。 ―・・もうこの手に戻ってくることなどないというのに・・・ 「バディ。」 物思いにふけっているとふと、後ろから声を掛けられた。 ハロルドだ。 「珍しいな、お前がここにいるとは―・・何か面白いものでも見えるのか?」 毛並みのいい灰色の鬣をふさふさとゆらしながらハロルドが横に立つ。 「・・・別に何も。それよりお前こそどうしたんだ。」 「いや何も。お前と同じでただの気まぐれに過ぎんよ。あぁしかしここにあいつがい ないのがおしいことだ。―・・覚えているか?お前達が将軍職について間もない 頃、よく仕事を抜け出しては三人でここに来ては飲み比べをして いたな。」 「・・・・・・・・そんなこともあったかな。あまり覚えていないな。」 嘘だ。昨日の事の様に覚えている。 あれはまだ―・・そう、五、六年ほど前のことだったか。 将軍職という大役に抜擢され間もない頃、日々の職務に追われて疲弊していた 俺とリーシェを激励するかのようにハロルドがここへ連れ出してきては酒を飲み比 べたものだった。 「どうなのだ?」 と、突然ハロルドが口を開いた。 「どう・・とは?」 「リーシェのことだ。」 「・・・・・・・・」 「”自分はお前に嫌われている”―・・と嘆いていたぞ、彼は。」 「・・・・・・・」 沈黙する。 語るべき言葉が・・・・・・・なかった。 何かに耐えるかのように口をつぐむバディにハロルドはそれ以上の追及をしよう とはせずにただその横に立っていた。 ハロルドはこの男のこんな不器用な所が嫌いではなかった。 そして同じように不器用なもう一人の友人のことも―・・ 「ー・・ん?」 ふと地平の彼方―・・夕日の中にに何かを見つける。 ハロルドの眼がすっと細められ、気配を”嗅ぐ”ようにその鼻先がヒクヒクと動い た。 「どうした?」 「アレをみろ―・・」 「・・・?」 つられて顔を上げて、ハロルドの目線を追い―・・夕日の中にぽつりと現れた黒い 塊を見つけた。 「あれは・・」 両の眼に魔力を込めそれが何であるか確かめようとする。 わずかに風に乗って魔力の気配が運ばれてくる。 ハロルドの獣の目がそれを確実に捉えたのは二呼吸後のこと―・・ 「東方軍だ―・・!!」 Back NEXT |
黎鳥飛話