友がいた。

 少し年の離れた弟のような大切な友―・・

 だがこの気持ちが”それ”とは違うものに変化したのは何時のことだっただろ

 う。



 最初に避け始めたのは俺のほうだった。

 近づけば理性よりも本能が先走り、あれを無意味に傷つけてしまうかもしれ

 ない。

 悲しませてしまうかもしれない―・・そうおもったから。

 やがて溝が出来た。深い深い溝が。

 目を合わせて話をすることがなくなった。名を呼び合うことをしなくなった―・・

 その清らかな瞳を覗き込んでしまえば俺の理性なぞ容易く崩されてしまう。

 その軽やかな声で名を呼ばれてしまえば俺の想いなど簡単に溢れ出てしま

 うから。

 あれが俺から離れていくように俺は冷たくあしらい、遠ざけた。

 ―・・だが気付けばあれの姿を目で追っている自分がいる。

 あれがほかの誰かと親しげにしているのを見るだけでソレに嫉妬し、苛立つ

 自分がいる。

 そしてその度に俺は自らの"欲"に呆れ、憤怒し、ソレを隠すようにアレの酷

 い言葉を投げつける。

 (これではまるで八つ当たりだな―・・何と酷い男だ、俺は)

 ある日。

 鳥の間での会軍議を終え軍舎に戻ろうとしていた俺は中庭を行くアレの後姿

 を見つけた。

 先ほどの軍議も最悪―・・重い空気が流れっぱなしだった。

 間にいたハロルドには申し訳ないことをしているとは思うが今更変えられるよ

 うな状況ではないのだ。

 (それに―・・)

 アレは何を考えているのか―・・自軍だけで北の遠征に赴くというのだ。

 思えばこの三年、アレは率先して戦場に行きたがっていた。

 そして話によれば常に自らも前衛で闘っているという。

 気付けば軍舎に向かっていたはずの足は彼の後ろをつけるように動いてい

 た。

 (あいつは昔から何があっても話さないタイプだったからな)
 
 一人で背負って一人で解決してしまう奴だ。―・・助けを求めようとしない。

 中庭にでたところで先を行くリーシェが立ち止まり―・・俺も足を止めた。

 待て、何故追いかけている―・・?

 (遠ざけようとして離れたというのに何故近づく?)

 まったくもって矛盾している自分の行動に呆れ、元来た道を引き返そうとした

 その刹那―・・空気中を放電するかのように流れた魔力。

 大木がその一部分をへしゃげさせ、再生させていく―・・そして泣きそうな思

 い人の顔。

 「おい」

 しまった―・・と思ったのは声を掛けてすぐのこと。

 「何か御用で?西方将軍。」

 さて一体どうしたものか―・・自分の軽率な行動というか、すぐに感情的に動

 いてしまうこの性格を恨みながらも

 バディは考えていた。

 だが困ったことにまたしても考えるよりも先に口が開く。

 「さっきのアレは一体どういうことだ」

 リーシェの顔を窺う。さてどうする。

 「何か、ご不満でも御座いましたか?」

 だがリーシェの応えは的を射てはいないものだった。

 いや―・・きっと自分が口にした"さっきの"とは"先ほどの軍議"でのことだと

 勘違いしてくれたのだろう。

 しめた―・・

 そこから自分を取り戻した俺はいつものように突っかかるような物言いで会

 話を進めていた。

 何かをひた隠すかのように作られた笑みに苛立ち、その口から洩らされる言

 葉に動揺し―・・そしてそれらの感情を誤魔化すように汚い言葉で罵る。

 そんな風でしかこの想いを封じることが出来ない自分を同時に罵りながら俺

 は思った。

 もう二度と、友と慕い、兄として慕ってくれていた頃のあの無邪気な笑顔を見

 せてくれることはないのだろうと―・・




 3年前までは心のそこから嬉しそうに笑っていたあの笑顔は、この3年の間

 で何処か影のあるものへと変わってしまった。

 始終、穏やかな笑みを絶やさないように見えるがそれは"作られた"ものでし

 かない。

 あれが生まれた時から側にいたのだ。距離を置いている今でもそれが"本物

 "かどうか判断は出来る。

 もうあれが本当に笑うことなどないのかもしれない―・・




 そう考え始めていたある日のこと―・・





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黎鳥飛話