「なぁ、甘いもの食べたくないか?」
「はい?」
いつもの放課後。いつもの図書室。いつものようにそこにいるのは私と
いつのまにか居座りやがった先輩。
外面が極端すぎるほどまでに素晴らしい先輩は今はその仮面を脱ぎす
て、傍若無人、俺様最高って感じの態度をさらけ出している。
読んでいた本から目を上げ私は目の前の先輩に聞きなおした。
「甘いものですか?」
「そーだよ。ア・マ・イ・モ・ノ」
「いでででででで!!先輩!!耳ひっぱんないでくださいって!!きこ
えてますから!!」
「じゃ聞き返すな、阿呆が。」
ひどい。耳がひりひりする。
「先輩のおごりですか?-・・でででででっっ!!先輩!!ギブギブ!」
「んなわけあるか。」
ですよねー。知ってますよそれぐらい。冗談半分で聞いたのに・・何も
またつねることはないじゃないか。しかも倍の力で。
「じゃ、お前今からとってこい」
「は?−・・いはい!いはいでふせんはい!!」
今度は問答無用で両頬を左右に伸ばされた。
うぅっ・・乙女の柔肌になんてことを・・・・・
「すいませんすいません!脳みそ足りない私にもわかるように説明して
いただけないでしょうか!!」
何だか先輩と遭遇してからやたらに謝り癖がついた気がする・・
「だーかーらー。今、調理部の連中が作ってるだろアレ。」
「アレ?」
「この時期っていったらチョコにきまってんだろ馬鹿が。」
「あー。」
そういえばそうでしたね。すっかり世間もそんな時期ですか。
確かバレンタインまで一週間をきっているはずだ。・・まぁ私にはあんま
り関係ないけど。
「あいつら毎年この時期になるとチョコケーキつくるんだよな。あれがうまい
のなんのって」
「はぁ・・」
「だからとってこい。」
だからってなんだ、だからって。
「でも先輩、何も今じゃなくてもいいんじゃないですか?先輩一応モテる
んだし、来週たくさんもらうじゃないですかー。調理部の子たちからだっ
てきっともらえるはずだし。」
「まぁな。毎年もらってるから確実に今年ももらえるだろうよ。-・・で、
一応ってなんだ一応って。」
「すいませんすいません。顔だけはやめてください−・・じゃっじゃあ別
に私がいかなくても−・・」
「カ〜エ〜ちゃん?」
「ひぃぃぃっっ」
全身に鳥肌だ。にっこり笑顔の魔王さまがご降臨なされたよっっ!!
「俺はね、今、食べたいの。わかるかな〜?い・ま・た・べ・た・い・の」
「ぎゃ〜すいませんすいません!!先輩のご意思を理解できなくてすい
ません!!だから頭もやめて〜!!」
「わかったらさっさといってこい!!」
ばしばしと脳天をたたかれ図書室から放り出される。
あぁ・・貴重な脳細胞たちが死んでこれ以上馬鹿になったらどうしてくれ
るんだ。まったく。
こうなったらしょうがない。後が怖いので一路、調理室へと向かう。
近づくにつれチョコのあまーぃ匂い・・・あぁお腹すいたな・・・・
しかしどうしたものか。
こっそりと中を覗き込むと調理中の部員が数名。むむ。
先輩は言った。”もらってこい”ではなく”とってこい”と。
それはつまり頼んでもおすそ分けなんてしてもらえるわけがないから、
無理やりかっぱらってこいということなのだろう。
つまり泥棒。
・・・・・・・・・・・・あぁ、ついにそこまで落ちたか私。
しかし嫌だと断れない。だって私の今後の生活がかかってるから。
幸いケーキは完成しているようで机のうえに置かれている。
あとは部員たちがどこかにいってくれればいいのだが・・・おぉっ!?
神様!!と叫ぶべきだろうか。
なんと運の良いことに隣の部屋から顧問の先生が部員たちを全員呼び
つけた。
(おぉぉぉぉぉーーー!!)
カラッポの調理室。5m先の机の上のケーキ。
今がチャンス!!
「木村?んなとこで何やってんだ?」
ドアをあけたその真横。-・・丁度死角になっていた黒板の前にたたずむ
男子生徒が一人。
低姿勢のままかたまった私はぐぎぎと首をそちらに向けた。
「あっあはははは!!くくくく黒田くん奇遇だねぇこんなところで!!」
「・・・・・・・こんなところも何もないだろ。何か用か?」
用も何もあったもんじゃないですよ。
あぁ黒田!君は何故見た目バリバリの体育会系なのに調理部員なんだ
!!何故一人そこにいるの!!ジーザス!!
「木村?」
「あっ・・・あはははははは!!お邪魔しました!!」
逃げました。リターンですリターン。敵前逃亡。もう無理ですって。ありゃ
とれませんぜ先輩。
あぁしかしどうしよう。
ついつい逃げてしまってから頭を抱える。
クラスメイトには奇怪な目で見られるわ、ブツはゲットできないわ・・・そしてこ
の後の展開を考えただけで頭と胃が痛む。
どうしよう・・とりあえずコンビニまでいって代わりのものでもかってくるか
・・・少しでも先輩の怒りをやわらげられれば・・いや効果ないかも。
「・・・・・さっきから何ブツブツいってるんだ?」
「うひゃぁぉぉぉぅっぁぁ!!」
おもいきりのけぞった。しかも変な声付きで。
振り返ればエプロンをつけたまんまの黒田君。どうやら挙動不審のまま
逃げた私を追ってきたようだ。
「お前、大丈夫か?」
「ななななな何のことかなぁっ!?もう全然大丈夫バッチグーでございま
すですよ!!」
あやしすぎだろ私。ほら、みろ黒田君も少し顔が引き攣ってるじゃないか。
「それならいいけど・・・あぁそうだ、これやる。」
「へ?」
渡されたのはタッパーにいれられたチョコケーキ。
「えっ!?いっいいの!?」
「あぁ。どうせ俺食べないし。あんまり好きじゃないんだ甘いもの。誰かに
やろうと思ってたし。」
あぁぁぁ!!神様仏様黒田様!!!!
さすが持つべきものはクラスメイト!!日本男子!!よっ大和魂!!
「俺が作ったやつだけど・・まぁ味は保障するから、たべてやってよ。」
「ありがとう!!ありがとうぅうう黒田君!!」
がっしりと黒田君の手を握りブンブンと振り回す。
感謝してもしつくせない!黒田!君はなんていい奴なんだ!!
「大事に食べるから!!ほんっとうにありがとう!!じゃ!!」
そして私は意気揚々と図書室へと戻ったのだった。
ふふんっ。
どーだみたかー。といわんばかりに先輩の前にタッパーをおく。
だがしかしそこは先輩だ。喜びもせず驚きもせずただ一言。
「何だ本当にとってきたのか。じゃ、お茶」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えぇまぁ別にお褒めの言葉なんて期待してたわけじゃ
ないんですがね。
「カエ、お茶。」
はやくしろと言わんばかりに催促する先輩に舌打ちしたい気持ちでいっぱ
いだが何とかおさえる。
「はい、お茶です。」
「・・・・・・なんだお前、ニヤニヤして気持ち悪いぞ。毒でもはいってそうだな」
「はいってません。いれてません。ちょっといいことがあっただけです。」
「いいこと?」
いぶかしむ先輩に私はさらっと先程の出来事を話してやった。
「いやぁ、世も末かと思ってましたけどやっぱいるんですよね。黒田君みた
いに親切な人って。」
裏表がないいい人って言うのは素晴らしいものだ!!
是が非でも先輩に見習ってほしいものだ。
あっ茶柱たってる。さらにラッキー
「じゃ、いただきまー・・・あああああああああああああああ!!」
ナナナナナナななななななぁんてことをぉおおおおおお!!
先輩の口の中にがっつりと放り込まれたチョコケーキ。
何度みてもタッパーの中身は空だ。
「私まだたべてないのにぃいいいい!!!!」
「五月蝿い。自力で取ってこれなかったんだろ。だからお前の分は無しだ」
「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
横暴だ。横暴すぎる。
空のタッパーを見つめたまま私の切ない叫びは徹底的に無視された。
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理不尽な王子様