花行列-1

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いつもは行商人やら買い物客でにぎわうその大通りは、国に咲くありとあらゆる花

で埋め尽くされ、埋もれてしまう程に飾られていた。

石畳の上は赤,白,黄,青・・・自然と降り積もる花びらで多い尽くさ、通りの脇、

建物の中、はたまたそこにおさまりきらなかった人々は屋根の上にまで登って今

か今かとその時を待っている。

通りは閑散としているがいつもの倍以上に押し寄せた人々の熱気とざわめきによ

ってまるで祭りのような賑わいを見せていた。

少女もそんな一人だった。

この日のために祖母が繕ってくれたオレンジ色のワンピースを着て両親とともに

少し離れた村からこのシャングリアへとやってきたのだ。

だがあまりの人の多さに両親とはぐれてしまった。

折角のワンピースも人込みにもまれてぐしゃぐしゃだ。

周りは見知らぬ大人たちばかり。最悪だ。なんてついていないのだろう。

大声で泣いたら両親は見つけてくれるだろうか?

いやだめだ。これだけ人がいてはいつも両親を呆れさせる程の大声で泣いても

掻き消されてしまうだろう。

それにこれ以上服を汚したくない。

などと考えているうちにいつのまにか波に流され列の最前列に出てしまっていた。

「こら、そこ。それ以上前に出るなよ。」

近くにいた兵士に怒られる。

私のせいじゃないのに・・・と頬を膨らませる。あぁもうやっぱり泣いてしまおうか。

と、その時だった。左のほうのざわめきが大きくなった。

「来たぞ!!」

その声にはっとして左を見る。

門を抜け大通りに"花馬車"の一行が入ってきたのだ。

列の先頭にいるのは見事な黒馬に騎乗した第二王太子付き騎士の隊長−・・

フランツ・ユーガイド・ペルダー様。

近所のお姉さんたちのいうとおりだ。

サラサラとした黒い髪が宝石みたい。キレイだしカッコイイ。

そしてその後ろには同じく王太子付の騎士団が一台の花馬車を取り囲むように

続いている。

白馬が四頭、白い花で所狭しと飾られた花馬車を牽いている。

馬車といっても貴族が使うような密閉された箱ではなく上半分が大きく開いた長

細い馬車。

天井のかわりにすっぽりと薄い幕で覆われているがその広い馬車の真ん中に一

人、女の人が乗っているのがわかる。

はっきりとは見えないが美しい金の髪がキラキラと輝いている。

馬車の中も、その人が着ているドレスも真っ白なので特にその色が抜きん出て

目立つようだ。

花馬車が近づくにつれ、歓声は高まり、人々は手にしていた花を投げ祝福の言葉

を贈る。

なんだかドキドキする。さっきまで嫌な気持ちでいっぱいだったのにいつのまにか

胸は高鳴る一方だ。

もうすぐ花馬車が目の前を通り過ぎるー・・というところで急に後ろのほうが騒がし

くなった。

「?」

折角いいところなのに−・・そう思ってわずかに首を後ろに向けようとしたところで

ドン−・・と・・・・

視界が傾いた。

「え?」

興奮した群集から突き飛ばされるように小さな体がとんだ。

続けてくる衝撃。

痛い。思いっきり鼻を石畳にうちつけてしまった。

あまりの痛さに涙があふれてくる。

ざわ−・・周りのざわめきがさらに大きくなった。

え?と顔を上げると同時に私は自分の顔から色が抜け落ちていく音を聞いた気が

した。

いつの間にか花馬車が歩みをとめている−・・それはそうだ。その行く手に自分が

飛び出してしまっているのだから。

周りから向けられる視線と痛みと緊張で頭の中が真っ白になってしまった。

(どっ・・どしよう・・・・・!!!!)

一度出た涙も思わず引っ込んでしまった。

「−・・様!?いけません!!」

すっと頭の上に影が差す。

ビクっと肩が震えた。さっきの騎士さまだろうか。どうしよう早く謝らなくちゃ。きっと

お手打ちにされてしまう−・・

だが怖くて立ち上がるどころか顔を上げることさえままならない。

すっと手がのびてくる気配−・・ぎゅっと目をつぶった。

「大丈夫?」

だが聞こえてきたのは叱責の言葉でもなく・・予想とは裏腹にやわらかい、女の人

の声だった。

「大変、血が出てる・・・痛いでしょう?」

差し出された白いハンカチが鼻に優しく当てられ、続いて涙をすくわれた。

ヴェールの向こうにはさっきは見えなかった澄んだ藤色の瞳。

桃色の唇が柔らかく動いている。

「父様と母様は?」

あまりのことに声が出ない。ふるふると首を横に振るしかできない。

「はぐれてしまったの?」

今度は縦に。

そう、とその人はうなずくと私の手をとり立ち上がらせてくれた。

まだ足ががくがくいっている。

「花巫女様!!」

遅れてフランツ様がやってきた。

「騎士様・・」

花巫女様と呼ばれた女の人とフランツ様が話している。

もう何がなんだか・・と、話し合いが終わったのか再び女の人が戻ってきた。

「大丈夫よ。すぐに父様と母様に会えるからー・・ね?」


微笑むその人に手をひかれ向かうのは花馬車−・・あまりの出来事に目を白黒さ

せているとフランツ様が「それだけはいけません!花馬車に乗れるのは巫女様た

だお一人なのですから!」と慌てて女の人の手から私の手を譲り受けると−・・

あろうことかあの黒馬に私を同乗させたのだった。

すっかり怒られるものだとばかり思っていたのにー・・気が動転して鼻の痛みなど

どこかへ消えてしまった。


「小さなお嬢さん、動揺するのはわからないでもないがしっかりと周りを見ていなさ

い。ご両親をみつけたらすぐに言うのだよ。」

頭上から降り注ぐその低い声に心臓の鼓動が早まるのを抑えられない。

花馬車が歩みを再開させた。

ドキマギしながら左右の人込みに目を走らせる。

ここにいては心臓がいつか破裂してしまいそうだ。

好奇の目にさらされながら必死になって両親を探す。

どれくらい時間がたったのか・・いやそれほどたってないだろう。

いた!!あのお店の角、埋もれて動けないでいるようだがあちらもこっちに気付

いたようだ。目を見開いている。

「あっあの・・・・・・!!」

「ん?見つかったのかい?」

はい、と消えかかりそうな声で応え、両親のいる方向を指差した。

二たび花馬車をとめると壊れ物を扱うかのように丁寧に馬から下ろされた。

「あっあああのありがとうございました!!!」

「お礼ならば私にではなくあちらの御方に申し上げることだよ、小さなお嬢さん」

「はっはい!」

と、慌てて花馬車に顔をむけるがどうしていいかわからない。だって花の巫女さま

だし・・こっちから声かけちゃってもいいの・・??

すると私の戸惑いを感じたのか、幕をかきわけ白い手がすっと伸び、ゆっくりと手

招いていた。

吸い寄せられるようにふらふらと近づく・・ふわりと香るいい香り、そっと髪に何か

が触れた。

女の人の白い手と、甘い香りがする白い花。

「もう離れてはだめよ?手をしっかりつないで・・離してはだめ。お祭りを楽しんで

ね−・・あなたに神様の祝福がありますように。」


花とは違う、別の甘くていいにおいをさせる白い手が離れていくのがとても名残惜

しいと思った。それに・・

「レティシア!!!」

どうやって列の中に戻ったのかはあまり覚えていない。

ただ気付いたら安堵と驚きの表情をごちゃまぜにした両親の腕の中に抱きしめら

れていた。

「あぁもうレティ!!あなたって子は−・・!!フランツ様の馬に乗っているのを見

たときお母さんがどれだけ吃驚したかわかる?」

「心臓が止まるかと思ったぞ!!それにしてもすぞいぞレティ!!あの騎士様と

相乗りするばかりか・・花の巫女様に直接お声をかけてもらえるなんて!!

ははっ!!やったなレティ!!」

父が興奮しながら私を高々と抱き上げた。

「うちの娘は花の巫女様の祝福をもらったんだ!!これはいいことがあるに違い

ないぞ!!」

周りにいた人々も次々と賛辞をよこす。

花馬車が通り過ぎたせいか皆の関心は一気に祝福を受けた少女に集まってい

た。

少しでもその幸運にあやかろうと人々の手が少女の頭をなでていく。

「しかしさすが花の巫女様だ!!みたか?あのお姿!!」

「ドレスが汚れるのも気にせずに真っ先に馬車から飛び降りたもんな!!俺ぁあ

んときゃびっくりしたぜ!!」

「あぁ神々しかったな。それにロイヴェルト様に負けないほどの綺麗な髪だった!

!ロイヴェルト様の髪が太陽の色ならあの方は大地を彩る豊かな秋の稲穂の色

だ!!」

「稲穂とはまたお前、もっといい例え方はないのか?」

はははっとみんなの笑い声が響く。

そんな中・・少女は父の腕から母の腕に移され、その中でなにやら気難しげな顔

でいた。

「本当に、本当に幸運だわ。ね?レティ−・・レティ?」

「え?あっうん!本当に綺麗な方だったわ!!目の色がね、ほら去年カイル叔父

さんのところでとれた一等を取った葡萄があったじゃない?あれみたい・・ううんそ

れよりも綺麗だったの!!それにねそれにね!!教会で見た女神様みたいに綺

麗なお顔をしていたわ!!」

「女神かっ!!そりゃいいお譲ちゃん!確かに花の巫女様は女神様の化身よっ

!!」

「よっしゃぁ!!祭りだ祭り!!お譲ちゃんいっぱいおごるぜ、俺たちも女神様の

祝福にあやかりたいからなぁ、はははははっ!!」

ワァァといっそう盛り上がる大人たちに囲まれながらレティシアは花馬車が向かっ

ていった方−・・今日も翡翠の緑をその頭に輝かせる王城に目をやった。

−・・もう離れてはだめよ?手をしっかりつないで・・離してはだめ。

優しく微笑んだ、でもなぜか”かわいそう”な笑み。

こっちまで悲しくなりそうなその笑みに”泣かないで”といいたかったのに、どうして

いえなかったのか。

花の巫女様はこれから幸せになるためにお城へ行くのにどうして悲しかったのだ

ろう。

(どうか王子様があの”かわいそうな笑み”を消してくれますように。花の巫女様が

幸せになりますように)

幼き少女はそればかりを懸命に祈るばかりだった。

そしてそれに応えるかのように、翡翠城の頂上に輝く翡翠がキラリと静かに輝い

たのだった・・









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