花行列-2
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花行列が城門をくぐると鳴り響いていた祝福の声もほんの少し遠ざかる。 無事、入城できたことに花馬車を取り囲んでいた騎士の面々はほっと胸をなでおろして いた。 若年騎士に限らず、それは先頭を務めた騎士隊長とて同じことだ。 道中ちょとしたハプニングはあったものの曲者の気配もなく花行列を終わらせることが 出来たのだ−・・騎士になってから随分と時は流れたがどうにもこういった要人警護に は慣れないものだ。知らずうちに緊張していたのか強張ってしまっていた体をほぐすよう に呼吸を整えるとすぐさま気持ちを切り替える。 「皆、ご苦労。だがこれからが本番だ。気を抜くことのないよう、各個次の待機場所へ 迅速に移動するように!」 その声に呼応するようにして城の中から教会の使いたちがやってくる。 ここまで騎士たちに守られてきた花の巫女はこの後、彼らとともに教会へあがり、そして ロイヴェルト殿下の元へと行かれるのだ。 「お勤めご苦労様でした、ベルダー殿」 「"花"を"器"までお連れ申した。後は頼みましたよ神父殿」 「えぇ、永遠に枯れる事なきよう"水"の元へご案内させていただきます」 決められた挨拶を交わすと、馬車の中で待つ乙女へと声をかける。 「花の巫女様、どうぞお手を」 「・・・はい」 添えられた白い手はわずかに震えている。 無理もない、こうして選定されることがなければ一生かかわることのなかった場所だ。 年端もいかぬ若い乙女に震えるなとはいえるわけがない。 「あの、騎士様」 「はい?」 「先ほどはありがとうございました」 そういって彼女は頭を下げる−・・これにはさすがに下げられた本人もそして周りにいた 教会のものたちも目を見開いた。 「−・・!?どうか頭をおあげください!!私は感謝されるようなことはなにもしており ません」 「いいえ、していただきましたわ。私の我侭を聞いてくださいました」 我侭とは−・・考えてすぐに思い当たることがあった。 "ちょっとしたハプニング"のことだろう。確かにあれには驚いたが・・ 「我侭などと・・・あれは巫女様の慈愛のお心の現れです。従うのは至極当然のことで ございましょう」 だが彼女は首を横に振る。 「それでも私は騎士様に感謝を。騎士様の配慮があったからあの子はあんなに早くご 両親に再開することが出来たのです」 ね?と優しく笑みをたたえ、その藤色の瞳でまっすぐに見上げられていてはそれ以上 何もいうことは出来ない。 事情をよく飲み込めていないはずの教会の面々からも"花の巫女からの感謝の意を 受け取らないとはどういうことか"というような視線が突き刺さってくる。 「・・・それでは真に畏れ多いことですが、そのお言葉ありがたく頂戴いたします」 そう頷けば彼女は心のそこから嬉しそうにふわりと微笑んで−・・その笑みがあまりに 無邪気すぎて思わず心臓が大きく脈うった。 「−・・それよりも巫女様」 それをごまかすように私は話を切り替える。 「はい、騎士様」 「その騎士”様”という呼び方なのですが・・・我々はロイヴェルト殿下に仕える存在です。 その奥方となり花の巫女様であられます貴女が我々に敬称をつける必要はございま せん」 「あっ・・・ごめんなさい」 「いえ、謝らなければならないのは我々のほうです。本来ならば真っ先に名乗らなけれ ばなりませんでしたが形式上、騎士の名乗りはこの儀式が終わったとなりますので・・・ 巫女様にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ございません」 「そんな!気になさらないでください騎士様−・・あっ」 と、思わず口にしてしまったと顔を赤らめる巫女に私もつられて笑みをこぼした。 本当に愛らしい女性だ。この女性ならば彼に真の安らぎを与えてくれるに違いない。 「何分時間がございませんのでここにいる騎士全員を名乗らせるわけにはまいりません が−・・私に一番最初に名乗る誉れをいただけますでしょうか巫女様?」 「はい」 はにかむ巫女の前で略式の礼をとる。 「私はロイヴェルト殿下直属近衛隊隊長フランツ・ヒュリピズィズ・ベルダーと申します。 以後私のことはベルダーとおよび下さい」 「え・・・?」 先ほどまで笑みにあふれていた顔は突然表情をなくし、目を見開いている。 驚きであふれた目で見てくるものだからその様子に私も思わず同じぐらいに驚き見つめ 返してしまった。 「巫女様・・・?」 「フランツ・・・・様・・・なのですか?」 「え?はい・・・私の名が何か?」 「いっいえ・・・!何でも・・何でもありません」 表情は戻ったもののどこか困惑を隠しきれていない彼女の様子に私は何か粗相でも してしまっただろうかと内心ひどくうろたえてしまった。 「―・・ベルダー卿、そろそろ時間が」 「あぁ・・では巫女様こちらに」 「あの!・・”フランツ”様というお名前の方は近衛隊の中に他に誰かいらっしゃいますか ?」 突然の質問に私は”いいえ”答えるしかなかった。 私は後でこの時のことを酷く後悔することになる。 何故このときもっと思慮深く考えなかったのか。何故彼女が”フランツ”という名に驚き 困惑し−・・そして少し悲しそうな顔で神殿の中へと入っていったのか。 彼の性格を頭に少し考えればわかったことじゃないか。 自分の思慮の浅さと、そして主君であり親友でもある彼のことを少しばかり恨んだのは 後にも先にもこのときばかりである。 * 横にも縦にも無駄に長い階段を上がる。 長い長い赤い天鵞絨の絨毯がしかれたその上を一歩一歩ゆっくりと踏みしめる。 あがるたびに足が重く感じるのは自分の身の丈よりも長いヴェールとドレスのせいだろ うか−・・それとも 階段を上がりきれば広い聖堂。左右には着飾った沢山の人々が壁を埋め尽くしている。 数え切れないほどの視線が突き刺さってくるが−・・でもそんなの気にならない。 聖堂の中に響く耳障りなほど荘厳な音楽すら耳には入ってこない。 一歩。また一歩と進む。 進むたびにあの人に近づいていく。 そして気づけば”その人”が横に並び立っていた。 大司教が長々と祝福と誓いの言葉を並び立てる中、私は震える手を握りしめながらそっ と視線を横に向ける。 ヴェールの隙間から除けば隣に立つその人もこちらを見ていた。視線が絡み合う−・・ あぁやはり・・・ 「ロディ」 私の耳だけに届く小さな声で彼は呼ぶ、私の名を。 この三ヶ月で耳によくなじんでしまったその声・・ 「だまして・・・いたのですか・・・・?」 かすれる声で問えば彼が息を飲む音が聞こえた。 「ロディ、違う私は」 「私を欺いていたのですか?」 「ロディ」 「―・・信じていたのに」 彼の懇願するような声も耳を通り抜けるばかりだ。 「・・・そう思われても仕方がない。だが忘れないでほしい、あの時君に誓ったあの言葉 は真実だ」 「・・・・」 塞がりかけていた胸の傷が新たに抉られたようだ−・・このつめたい王宮でただ一人 信じていた人だった。頑張っていこうと、心に決められたのも、この三ヶ月過ごしてこれ たのも彼の存在があったからなのに−・・信じていたからこそ胸が痛い。 長い大司教の言葉が終わる。 「それでは誓いの口付けを」 体の向きを変え真正面から彼を見つめる。 「では私も誓いましょう。フラン−・・いえロイヴェルト様」 距離を縮めるために一歩前に踏み出す。 その間、彼の視線も私の視線もはずされることなく互いをその瞳に映した 「ロディ・バートンとしてではなく”花の巫女”として貴方にお仕えすることを誓います」 「ロディ・・・」 どうかそんな顔をしないでほしい。そんな声を聞かさないでほしい。 弱くて脆い私の心がまた揺らいでしまうから・・・ 「―・・わかった。ありがとう、ロディ。その誓い確かに受け取った。だからもう一度私も 君に誓おう。あの誓いを忘れないで、私は必ず果たしてみせる」 ヴェールがあげられロイヴェルトの顔がそっと近づいてくる。 目を瞑った。その悲しげな彼の瞳を近くで見てしまわないようにと。 わっ−・・とおこる大歓声と響く地割れのような拍手。 −・・誓いの口付けはとても冷たかった。 Back TOP NEXT |