秘密の中庭

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「フランツ様、これは何というものなのですか?」

庭園にロディの楽しげな声が響き渡っている。

「姫、それは"ディッラ"という砂糖菓子です。さぁ食べてみなさい、とても甘くておいしい

と評判なのですよ。」

それに応えるのは一人の若い男性―・・フランツと名乗った騎士だった。

「まぁ、これは食するものなのですか?こんなに美しいのに・・何だか勿体無いです」

睡蓮をかたどった砂糖菓子に無邪気に感動し、簡単の溜息を洩らす少女を騎士は暖

かい笑みで見つめていた。

仲睦まじく他愛のないことを話す二人のその様はまるで絵物語からそのまま出てきた

かのように美しく、心温まるものであった。



                          *



―・・ロディがフランツと初めてであった日の翌日。

外は朝から薄暗く雨がしとしとと降っていた。

―・・これでは外へ行くのは無理ね・・

ロディは憂鬱そうに溜息をついた。

そういえば・・

"明日もここで"とあの騎士はいっていたが・・

―・・まさか・・・・

いるわけがない。来ているわけが無い。

そう思った・・そう思おうとしたけれども・・

講習も一段落して、いつもならば散歩へと出かけていた時間を迎えた。

外を見ると、朝よりも僅かに勢いを増した雨が尚も降りしきっていた。

いるわけがない。来ているわけが無い。

でも―・・

―・・もし来ていたら・・・?

ロディはショールを一枚取り出すと侍女たちに見つからないようそっと部屋を抜け出し

た。

雨の中を小走りであの場所へと向かう。

濡れた草木をかきわけ泉の畔へと向かう。

緑一色のはずのその場所に一色―・・きらりと光る金色を見つけた。

"その人"は茂みから現れたロディの姿を見つけると、にこりと笑って立ち上がった。

「またお会いできたね、姫君」

その金の髪も、立派な服も大分雨に濡れている。

ロディは走りよるとその自分よりも遙かに高い位置にある頭に身に付けていたショール

をふわりと被せた。

何故・・・?

待つのならば雨をしのげる東屋にいればよかったのだ。

わざわざ雨に濡れる必要も無いのに・・

そんなロディの気持ちを察したのか"その人"は安心させるようににこりと微笑んだ。

「あそこでまっていたら姫君がこられたときに見つけて貰えないような気がしたからね。」

その子供のように無邪気な笑顔は、やはりどこかハンスを思い出させるもので・・

私が来なかったらどうするつもりだったのですか?と聞くと

「でも、貴女はこうやって来てくれたよ?」

と、彼は笑いながら返してくれたのだった・・



                            *



彼は王宮騎士のフランツだと名乗った。

ロディの立場をきいても驚くことも無く、”やはりそうでしたか”と頷いただけだった。

「私は、姫君の夫となられる第二殿下ロイヴェルト様付きの騎士なのですよ。姫君の

ことは殿下からお聞きしていたからね・・もしやと思ってはいたが・・」

それを聞いて多少警戒を強めたロディではあったが、フランツの邪気の無い人当たり

の良い笑みにそれもほぐされていった。

(この城にもこんなに"暖かい人"もいらっしゃるのですね・・)

ここへきてからというもの−・・まるで人形たちと話をしているような生活だった。

フランツはロディが会話を望めば嫌な顔ひとつすることなく、いろんな話を聞かせてくれ

た。

今までフランツ自身が旅した国の話や宮中の話―・・はたまた遠い異国に伝わる昔話

などをおもしろおかしく話した。

人と話していてこんなにも心のそこから笑うことが出来たのはどれくらいぶりだろうか・・・

笑うとはこれほどまでに楽しいものだったのか。

人と楽しくお喋りするのがこんなにも懐かしく心暖まるものだったのか・・・

「姫君・・?」

笑みをたたえながら静かに涙を流すロディは"いいえ何でもないのです"と首をふって

フランツの話の先を促した。



楽しい時間というものはあっという間に過ぎてしまうのが相場である。

雨も上がりすっかり雲の間からは日がさしている。

「雨が上がったようだね、楽しい時間を有難う姫君。」

フランツは立ち上がるとロディの手をとり東屋を出た。

もう帰らなくてはいけないのか・・

そう思うとロディの心は再び悲しみでいっぱいになってきた。

「ロディ嬢」

フランツに呼びかけられロディは顔を上げる。

雲間からのぞく日が彼の髪を照らしキラキラと光り輝いていた。

あぁ・・本当にこの方は・・・

「姫君の憂い顔を晴らすためならば私の持ちうる限りの物語を声がかれるまでお聞か

せしたいものだが幾分互いに時間がないようだ。・・・お赦しいただけるならばまたこの

ように素敵な時間を私と過ごしていただけますか?」

その言葉にロディは曇りかけていた心が再び晴れ渡るのをひしひしと感じていた。

「―・・はい。喜んでフランツ様。」



それからというもの、ロディとフランツの秘密の語り合いは二日おきに繰り返されるよう

になり、ロディにとってこの宮中で住む上で、只唯一の"楽しみ"となっていたのであっ

た・・・











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