只一人・・一人きり
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その城にはまさしく"豪華絢爛"ということばがふさわしいのだろう。 アセリア国。 豊かな土壌と気候に恵まれ"永遠の常春"とも謳われるこの大陸でも一、二を争う大国。 そのほぼ中央の地域に王都シャングリアはあった。 そしてアセリア国の象徴とも言うべき建物―・・"翡翠城"はシャングリアの真北にあった。 王都を見下ろすように小高い丘に立てられた翡翠城は只、美しいだけでなく難攻不落の 城としても有名だった。 かつて争いが絶え間なく続いた時代があった。 数多くの国が滅びる中、アセリア国がその中を生き延びここまでのぼりつめたのも先人達 がつくりあげたこの城あってのことかもしれない。 長い年月をかけて増設に増設を重ねた城は巨大で・・しかし均衡の取れた美しい白亜の 城となっていた。 その中に立つ幾本かの塔の中でも最も大きく、天に届くほどの塔の先端には"翡翠"が 燦々と光る太陽の光を反射し、まるで第二の太陽のように光り輝いていた。 これがこの城が翡翠の城と呼ばれる由縁でもある。 この"翡翠"はアセリア国の古き時代―・・開祖でもある初代アセリア国王カジュダイ・レン ・アセリア・ジェノバ一世が国を興す際、天より授かったという代物である。 今となってはそれが真実か否かなど誰にも分かるはずがないような神話の話ともなって いるが美しく輝くその光は城を照らし、都を照らし、国を照らし続けてきた―・・その輝きは 見たものの心を奪わずにはいられないほどの神々しさを感じさせ、神の代行者の如くそこ に鎮座していた・・ 人々は祈りを捧げる。 その光が何時までもこの国を光照らすことを祈って・・ そしてここにも一人。天に輝くそれを見つめる少女がいた・・ * (あれが"至高の輝き"・・・何て神々しいのでしょう・・) ロディはその輝きを目にし、自然と祈りの形をとった。 馬車に揺られること一週間。 人知れず王都へと入り、翡翠の城へと入城したロディは身体を休める暇もなく(恐らくは 貴賓室であろう)部屋に閉じ込められてしまった。 そしてそこでじっとしている訳でもなく、入れ替わり立ち代りに人が入ってきてはロディを あれこれといじっていくのだ。 服を着替えさせられ、髪をいじられ、体中に香料を塗りくたられ・・・ 初めて訪れた王都の素晴らしさに感動する間も、翡翠の城の豪華絢爛さに驚く暇さえも なくあっというまに四日・・・ 四日目にしてロディはやっと露台から外の景色(といっても城と広大に広がる庭園しかみ えないのだが)を目にすることができ、"至高の輝き"とも呼ばれる翡翠を瞳に映したので ある。 しかしその神々しさに感動する余裕は今のロディにはなかった・・ そう・・ロディはその神々しさに只―・・すがっていたのである。 神の代行者といわれるその光に祈れば多少なりとも今の状況から救われるのではないか ―・・と。 例えこの四日の間、翡翠城に感動する時間があったとしても・・今のロディには何も感じ 入ることは出来なかっただろう。 平民の娘だったロディにとってここは天上人の住まう場所といえるような所だ・・ ドレスも食事も部屋も・・今まで見たこともないような、何もかもが"上流"で埋め尽くされた 夢のような状況で本来なら感動のあまり腰を抜かし、涙したかもしれない。 しかし、いくら上質の絹や、宝石らで着飾られ、貴族の娘のように扱われ、夢のような待遇 を受けようとも―・・何も感じない。 (いっそ夢ならば良かったのに・・) 幾度そう思ったことか・・ (馬鹿ねロディ・・いくら祈ったところで何かが変わるわけでもないのに・・) ふっと自嘲気味に笑うとロディは翡翠に祈るのをやめた。 露台から部屋へ戻ると椅子に腰掛けふぅ・・と溜息をついた。 「"花の巫女"様、お疲れで御座いますか?御殿医をお呼び致しましょうか?」 ロディの溜息に目ざとく目をつけた侍女が声を掛けてくる。 苦笑しながら首を横に振った。 (ここは息苦しい・・溜息すら自由に出来ない・・) コンコンと部屋の扉がノックされた。 「―・・失礼致します。」 少し間をおいて、その扉の向こう側から新たに侍女が数名はいってくる。 その先頭に立つ女性には見覚えがある。 ここへ来た最初の夜にも一度であった―・・侍女頭の・・たしかエレーヌといったか・・ この人に会うのは二度目だがロディはあまりこの人が好きではなかった・・苦手の部類に 入る。 -・・何せ第一印象が悪すぎた。 人目を忍ぶようにつれていかれたあの部屋で彼女が言い放った言葉は傷心しきったロ ディにとって二度目の地獄ともいえるものだった。 『今までの全てを御捨てなさい。名も、立場も、思いでも全て-・貴女様は今この瞬間から 次世代の"花の巫女"として生まれ変わられるのです。』 その言葉通り彼女と侍女たちによって身に付けていたものを全てとられ、新しいものへと 変えられていった。 只一つ-・・胸元に光るロケットだけは頑として譲れなかったが無情にもそれも取り上げら れてしまったのだ。 『お願いです!それだけでも返してください-・・!!それは:』 『全てを御捨てなさい-・・と申し上げたはずです。こここられたからにはもう戻ることは出来 ないのですよ-・・花の巫女様』 冷たく感情のない声で現実を突きつけられたあの夜。 ガン-・・とまるで金槌で殴られたような衝撃が続いたあの夜-・・ すがるものをもつことすら許されなくなったロディにとってここはまさに地獄。 「花の巫女様、本日より三ヶ月。貴女様には"花の巫女"に必要な教育を受けていただき ます。」 三ヶ月。 なんて長いようで短い期間・・ その三ヶ月後-・・次の"王"となる皇子との挙式がなされるのだという。 「宜しいですね?」 どうせ否定などさせてくれないのに・・・どうしてわざわざ確認などとるのだろうか・・ ロディの心は空っぽ。 全てを奪われた少女は何も感じることもなくただ「はい」と頷くしかなかった。 * "花の巫女" それはアセリア国の王妃となる者のことをいう。 花の巫女を得られてこそ"王"候補は初めて真の"王"として国の頂点に立つことが出来る のだ。 "花の巫女"は王になるうえでなくてはならない"証"なのだ。 田舎で育ったロディには花の巫女についての知識といえば一般に出回っているその程度 のモノしかなかったが教えられる知識の中には"花の巫女"について詳しい説明も含まれ ていた。 城には"先読み師"とよばれる占者がいる。 先読み師は国の行く末を占ういわば国一の"賢者" その先読み師が星の位置・運命の糸を呼んで"花の巫女"に相応しい娘を選ぶのだ。 故に選ばれる娘に地位も何も関係ない。 花の巫女は一つの時代に一人だけ選ばれる。 過去の例を見ると時代のよっては"花の巫女候補"と呼ばれる複数の娘が選ばれたことも あるらしいが今回は違ったようだ。 "花の巫女"は国のために祈り、その祈りの力は国を守る強い"礎"となる。 また古来より"花の巫女"には"癒しの力"が備わっているといわれその力は多くの民に幸 福と安寧をもたらすといわれている。 "花の巫女"の存在を迷信と信ぜず選ばなかった王や、既に花の巫女を選び王と立った者 を打ち倒し花の巫女を持たずに王位を簒奪した者などの時代は必ず腐敗・衰退している。 花の巫女は神より使わされた御使い-・・神の愛娘なのだ。 その祈りは神に聞き入れられ、神は花の巫女の愛する"王”と"国"を守る。 それが古くより続くアセリア国の歴史なのだ。 アセリアは"花の巫女"がいるからこそ栄えたといってもいい。 花の巫女あってこその千年王国-・・ 現アセリア国ヒューイ14世の花の巫女-・・アジェリア王妃は三年ほど前に他界された。 その時代の花の巫女が神の御元へと旅立つこと-・・それは"王"の世代交代をも意味す る。 王位継承者は花の巫女との婚姻を結んだ後、一年後-・・即位を迎える。 その一年の間、巫女に認められ、そして巫女と共に神に祈りを捧げ、無事一年を過ごすこ とが出来れば王位継承者は最終的に元老院と先読み師の審判によって王位につけるの だ。 ・・・但しその一年の間に第一王位継承者がなんらかの原因によりなくなった場合、第二 王位継承者が再びその花の巫女を娶り更に一年過ごす・・・という事もあるのだという。 * ロディは連日行われる教育を淡々とこなしていった。 元々学ぶことは嫌いではなかったし物覚えも良かったロディは教鞭をとる貴族達の覚えも 良かった。 それに・・ (何かをしていないと壊れてしまいそうだもの・・) 故郷のような暖かい空気を微塵もかんじない。 まるでここは氷の城だ・・ この気持ちを曝け出せる相手もいない。 (私は一人ぼっちなのね・・) 「―・・花の巫女様、本日はここまでに致しましょう。」 講師の声が広い部屋に響いた。 「・・・・・・はい。」 早く何処か一人になれる場所へといきたい・・と思った。 ここでは一人きりだけれども―・・いつも周りは私を見ている。監視している。 「少し外を歩いてきます。」 側にいた侍女に素早く耳打ちする。 お供を。といわれたがやんわりと断り足早にテラスから庭先へと出た。 ここに来て早くも一ヶ月あまりがたとうとしている。 大分ここの勝手もわかるようになってきた。 それに最近はロディにとって"お気に入り"の場所を見つけたのだ。 広大に広がる庭園の片隅―・・そこにその場所はある。 隠されているかのようにひっそりと木々に囲まれた小さな泉。 その畔にはこじんまりとした東屋がこれまたひっそりと佇んでいた。 滅多に人も寄り付かないのか手入れがされていないそこいらには草木が生い茂ってい たがロディにとって部屋で監視されているよりもこちらのほうが落ち着いた。 泉の畔に座り込み持ち出してきた本をぱらりとめぐる。 それはこの城の大図書館で偶然にもみつけた―・・妖精王の物語。 童話ではあるがロディにとっては懐かしく・・そしてとても思い入れのある本だ。 まだロディが幼い頃・・ハンスがよく読み聞かせてくれたものだ。 何度も何度も・・・・ロディがせがむ度ハンスは嫌がりもせずに優しいあの声で読み聞かせ てくれた。 内容はしっかりと頭に焼き付いている。 目を閉じれば幼い頃に思い描いた妖精王の世界が広がる。 鮮明に思い出す記憶―・・あの声。 ツ―・・とその両瞼の内から涙がこぼれた。 それをぬぐうこともなくそのまま開いていた本を胸に抱きしめるとうずくまるようにして静か に嗚咽を漏らし始めた。 あの城の中では泣く事さえ許されない。 ここにいる時だけ―・・ロディはただの"ロディ"に戻ることが出来るのだ。 「うっ・・・うぅっ・・・・」 それぐらいそうしていただろうか・・ しばらくするとロディは無言のまま泉の透明な水で顔をすすいだ。 「―・・あなたを思う心を奪われなかっただけでも救いなのでしょうか・・・」 ぽつりと呟かれる言葉。 水面に映る自分の顔を暫く眺めてからロディはその思いを隠すかのようにバシャッと水面 に手を突っ込んだ。 顔が揺らめいて消える。 ユラユラと波打つ水面。 (もう戻らなくては・) ふらり―・・と少しよろめきながらも立ち上がろうとしたロディだったがふと頭上に影が差し たことに気付き後ろを振り返った。 「―・・ここに人がいるとは珍しい」 若い男だった。 身なりからして騎士だろうか。 (ハンス・・・?) 太陽の日に照らされてキラキラと光る金髪がロディにそう錯覚させたが―・・違った。 目の前の男性はハンスよりも長いその金髪を後ろに一括りにしていたし何よりもその瞳の 色が違った。 ハンスは大空のように澄んだ青色だったがこの人は深い森を思わせる美しい緑。 「―・・それとも君は泉の妖精かな?」 その問いかけにはっと我に返ったロディはいいえ・・と首を振った。 クス―・・とその人が笑った。 「そうだね。妖精が妖精王の本を読むのも珍しい。」 「―・・!?」 途端ロディは顔を真っ赤にして本を後ろへと隠した。 いくら懐かしいものとはいえこの本は幼子が読むものだ―・・多少気恥ずかしさもある。 「それにしても―・・」 すっとその腕がのびロディの顔に触れた、 突然のことに驚いたロディは半身を引いてしまったが何故か・・その瞳から目が離せなか った。 「泣いていたのかい?」 「あっ・・これは・・・」 慌ててその瞳から目をそらすと失礼にならない程度に男性から距離をとった。 「―・・わっ・・私・・戻らなければ・・・失礼致します。」 ばっと踵を返す。 頬が真っ赤だ。 「待ちなさい!」 少し大きな声で呼び止められ思わず足が止まってしまった。 振り返ると緑の瞳はまだこちらを見ていた。 「また・・お会いできるかな?」 「―・・それは・・・・・・」 言葉に詰まる。 「・・・・・わかりません・・・御機嫌よう、騎士様。」 走った。 「―・・明日もここで!」 その人の声が耳に届いてはいたが今度は立ち止まることはしなかった。 只、その声が・・・ハンスと似ても似つかないその声が何故か懐かしく感じ・・そして心のど こかで安堵している自分がいることに驚きを隠せなかった。 火照った頬と脈打つ鼓動を治めるのにどれだけ時間がかかったことか・・・ ここでもまた一つ―・・運命が周り始めた。 Back NEXT |