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ずっと一緒にいられると信じて疑わなかったのに・・

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緑が広がる大地。

花が咲き乱れる丘。

丘の上には大きな一本の木。

春の陽気な天気の元、丘を登る二つの男女の影。

恋人達は中睦まじく花畑を駆け巡り、太陽に祝福されながら丘を登り、愛を囁きな

がら木の根元へと腰を下ろした。

「ねぇ、ハンス様。」

「何だい、ロディ?」

胸に寄りかかる、自分よりも九つも年下の恋人の顔を愛おしげに見つめる。

「後・・一年と半年でございますね・・」

「正確には一年と五ヶ月だよ、ロディ。」

訂正するとロディは愛らしい顔を上げ、まぁ・・と呟いた。

「私だってその日が来るのを指折り数えて待っているのだよ。」

「えぇ、そうですね・・ハンス様、私も待ち遠しい。・・もっと時が早く進めばいいのに

・・・」

ふっと笑ってその桜色の頬に口付ける。

「あぁまったくだ。でも後一年と五ヶ月・・それだけ我慢すれば要約私たちは結ばれ

る。」

ロディ、とその耳元で囁いた。

「私が家督を継ぐまであと少し・・もう暫くの辛抱だ。待っていてくれるかい?」

「えぇ、えぇ勿論ですとも。ロディはハンス様のためならばいつまでもお待ちいたし

ます。」

頬を更に染め上げ潤んだ瞳で見上げてくるロディの姿が愛しくて愛しくてたまらない

といった様子のハンスはその小さな身体を腕の中に大切に抱きしめた。

「愛しているよ、ロディ」

「私もです、ハンス様」

そっとどちらからともなく口付けをかわす。

顔が少しはなれた所でロディがその小さな唇を動かした。

「―・・私、ロディ・バートンはあなたと永遠(とわ)に共にあることを誓います。」

「私、ハンス・リバティ・ライアンも誓おう。ロディ・・君の側を離れることなく、生涯君

だけを愛し続けることを。」

それは正式な誓いではない只の真似事でしかなかったが、木漏れ日の中交わした

その誓いは二人にとって何よりもかけがえの無い―・・”神聖”な”誓い”だった。



                          *



ハンス・リバティ・ライアン

彼はこのリディン地方を治める領主ライアン家の跡取り息子だ。

鋭く見えるその瞳は彼の生来の優しい気質によって柔らかさを兼ね備え人々に良く

慕われていた。

対して、ロディ・バートンは平民の娘だ。

しかも捨て子で・・今は教会に身を寄せ、ソテリア・バートン神父の養女として暮らし

ている。

ライアン家は地方領主とはいえ、れっきとした貴族だ。爵位も持ち合わせている。

そんな二人がはれて恋人同士になったのは一年前。

このご時世、貴族と平民が結ばれるのは難しい。

二人が結ばれたのは周りの環境が奇跡といっていいほどに整っていたからだ。

ライアン家は貴族といえども昔ながらの固い頭は持ち合わせてはいない寛大な貴

族だった。

実際、ハンスの母君も元は平民の出なのだ。

当然ハンスの両親は反対することも無く―・・むしろ好意的だった。

ロディの育ての親のバートン神父も人々からの信頼も厚く、信頼のおける人物だっ

たし、ロディ自身とても周りから好かれる娘に育った。

くわえて二人のその容姿。

ハンスは母親譲りの整った顔立ちと、父から譲り受けた凛々しさを持ち合わせ、

ロディは愛らしい容貌とフワフワとゆれる金の巻き髪、澄んだ藤色の瞳を持ってい

た。

年は多少離れてはいるがこの時代そう珍しくは無い・・

幼い頃から良く一緒に遊んでいた二人は何時のことからか互いを意識しあい幼馴

染から恋人へと発展していった。

傍から見てもお似合いな二人に勿論異論を唱える者などいなかった。

幸せそのものをあらわしたような二人に周りは祝福を与え、二人に幸せが訪れる

ようにと願ってやまなかった。

当の本人たちもそれを信じて疑わなかったのである。

よもやそれが崩されることになろうとはそのとき誰が気付いただろうか・・



                           *



「只今戻りました、お義父様。」

教会の裏手にあるこじんまりとした民家へとロディは足を踏み入れた。

ここはロディの家でもある。

「お義父様?」

いつもならばこの時間帯家に留まり、笑顔で義娘を迎えるはずの義父(ちち)の姿が

見えなかった。

(教会のほうかしら?)

帰ってきたことだけでも伝えようと教会へと続く扉を開く。

「あら・・?」

教会の中には案の定義父がいた。

だがそこにいるのは彼だけではなかった。

(お客様・・なのかしら?)

男が五人ほど。

どれも上等な布を纏い、人目で上流階級の人間だということが分かる男達だ。

ライアン家のものではない。

もっと上の・・・そう、都にいる貴族のような雰囲気がある。

(でも何故そんな人たちが・・?)

それに何かおかしい。

いつも穏やかな笑みを絶やさない義父の顔は険しくなっており、男達をにらみつけ

ているのだ。

「帰っていただきたい。」

男達に詰め寄る声も何処か怒りを含んでいるようだ。

「ここにいるのは只の娘で御座います。どうかお引取りを―・・」

「いいや、帰らぬぞ。これは王命なのだ、」

「お帰り下さい。」

「王命だというのがわからぬのか―・・っ!!」

(王命?)

並々ならぬ空気に言い知れぬ不安とおそれを感じたロディは反射的に一歩後ろへ

と下がった。

カタン―・・

「あっ」

足が何かにぶつかった。

乾いた音とロディの小さな声が緊迫した教会の中に響き渡る。

「ロディ―・・!?」

義父がその音に振り返り、そしてロディを視界に入れるとどこかあせったような声を

出した。

男達の視線も一斉にこちらへと集まってくる。

その視線の強さにロディはびくりと身をすくませた。

「ごっごめんなさいお義父様・・お客様がいらしてたなんて気付かなくて・・」

とにかくこの場を離れなければ。

早く―・・一刻も早く!!

震える声で失礼します・・と喋ったロディはそのまま後退して家の中へと戻ろうとす

る。

「待たれよ!!」

頭の片隅で警鐘がなった。

男達のなかから(おそらくはその中でも一番最年長であろう男が)一人こちらへと歩

んでくる。

危険だ。この場に留まることはあまりにも危険すぎる。

「ロディ・バートン嬢であられますな?」

早く立ち去らなければ。

とても嫌な予感がする。

こくりと頷くと男達は満足気に頷いた。

どきん―・・と大きく波打つ鼓動。

目の前の男が方膝をつき―・・平民のロディに対して騎士の礼をとった。

「―・・お喜び申し上げます。貴女様は”花の巫女”に選ばれました。」

世界が一瞬にして真っ暗になった。

今・・・・・なんといった・・・?

あまりにも衝撃的な言葉に震える声を押しとどめられずに言葉をつむぐ。

「どうか・・顔をお上げ下さいませ騎士様・・・・今・・何とおっしゃいましたか・・・・・?」

「ロディ!!」

義父が咎める様な声を出した。

その先を聞くな―・・と。そういっているようだった。

私だって聞きたくは無い・・でも確かに目の前の高貴な騎士はいったのだ・・

「ロディ・バートン様。貴女は”花の巫女”に選ばれたのです。」

聞き間違いではなかった。

義父と同じ年代の騎士は顔を上げると強い眼差しでロディを見つめ再度そういった

のだ。

「なっ・・・何かの間違いでは・・・・?そんな・・恐れ多い・・・私の様な者が”花の巫

女”などと・・」

「いいえ。いいえ、ロディ・バートン様。貴女は確かに”花の巫女”に選ばれたお方な

のです。城の”先読み師”がそう告げたのです。」

「そんなっ・・・」

ロディはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。

そんなロディを支えるように義父が両肩を強く抱きしめた。

耳元で義父が優しく語り掛けてくる。

「ロディ・・無理に従うことは無いんだ。断ってもいいのだよ。花の巫女候補には幾

人か選ばれることもある。お前一人が断っても何ら支障は―・・」

「いいや、そういうわけにもいかぬのだ神父。」

義父の優しい言葉を騎士の冷たい言葉がさえぎった。

「此度、先読み師の告げた”花の巫女”はロディ・バートン嬢只一人。我等が時代に

はロディ様だけが唯一”花の巫女”になれる方なのだ。」

「そんな馬鹿なっ―・・」

義父の悲痛な声が響き渡る。

騎士の声は尚も淡々と語る。

顔を蒼白に染めるロディにとってそれは死刑宣告にも近かった。

そしてそこから先、語られる言葉はその場に重く留まっていたロディの”決意”を揺り

動かす―・・

否、揺り動かさずにはいられないモノであった。



                         *



「くそっ・・」

さっきまであれ程天候がよかったのに今は雨が降りしきっている。

その中を一つの馬が駆けていた。

その上には一つの影―・・ハンスだ。

雨に打たれながらも馬を必死で走らせる。

「ロディ―・!!」

(何故!?何故ロディなんだ―・・!!)

王都からの使者が屋敷へと来たのは数刻前。

こんな国の外れに珍しい来訪者は用件だけ伝えると早々に引き上げていった。

使者と謁見した父母はどこか落ち着かない様子で・・痺れを切らしたハンスは父母を

問い詰めた。

父は渋面の顔を悲しみに染めこういった。

―・・ロディが今世代の”花の巫女”に選ばれたのだ。

足場が悪い。

少しでも先を行く馬車に追いつこうと近道をするために森の中を走っているのだから

当然といえば当然だことだろう。

森を抜ける。

と、同時に雷鳴が辺りに鳴り響いた。

「―・・くっ!?」

馬が嘶(いなな)き足元を絡ませ転倒した。

ハンス自身も中へと投げだされる。

すぐに態勢を立て直そうとするが見たところ馬はこれ以上走れそうにない・・

「―・・くそ!!」

丁度小高い丘に出たところだ。

その丘から遠くを望む。

雨の向こう側。

今のハンスにとってはとても長く感じる距離の街道の上を豆粒ほどに見える一つの

影が見えた。

あれだ―・・

「ロディィィィィィィィィィ!!!!!!」

聞こえるはずも無いだろう。

だが叫ばずにはいられない。

降りしきる雨の中・・ハンスは愛しい者の名を呼びつけた。

その影が見えなくなっても。声が枯れはてても叫び続けた・・

その姿は泣いているようで―・・

どれだけの間そうしていたことか・・

「―・・ハンス様・・・」

いつの間にかハンスの後ろにバートン神父が立っていた。

「どうかあの子を許してやって欲しい・・あなたを置いて彼らと共にいってしまったあ

の子を・・」

神父の声もかすかに震えている。

「だがあの子の愛だけは信じて欲しいのです―・・ロディはあなたのために彼らと共

に行くことを望んだのですから・・」


神父の脳裏にあの時の騎士の言葉が蘇る。

『―・・ハンス・リバティ・ライアン・・・と申しましたかな。ライアン家の次期当主。まだ

若い・・これから先、幾重にも成長なさることでしょうな。』

その時、手の中に納まった小さな肩がびくりと震えた感触はいまだに手に焼き付い

て離れない。

ハンスは今一度前を見据える。

愛しき人が行ったその場所へと思いを馳せて・・

「まっていてロディ・・・君を必ず迎えに行くよ・・」



                            *



(ハンス様・・・・?)

馬車に揺られ聞こえるのは車輪の音と、降りしきる雨の音だけのはずなのに・・

何故か愛しい人に名を呼ばれた気がした。

小窓から外を見やる。

ガラス窓の向こうには雨。

「如何なされましたか?」

「いいえ・・」

目の前に座る騎士にかぶりをふるとロディはもう一度外の景色へと目をやった。

(ハンス様・・)


別れも告げずに行ってしまう私を貴方は許してくれるでしょうか?

最後に貴方の顔が見たかった。その腕に強く抱きしめられたかった。

そうすれば私は少しの勇気をもらえただろうに・・

あぁ・・ハンス様・・・愛しい人。どうかこれだけは信じてください。

私の心は貴方のものです。私の愛は貴方だけのものです。

ハンス・・・愛しています・・そして・・

「さようなら・・」

ロディのこぼれるような小さな声は雨音にかき消された。

まるでその空模様は涙を見せぬロディの変わりに泣いているかのように激しい雨

だった。











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