『生きて。』

私は走った。
走って走って―・・

パン―・・パパン―・・

遠く後ろの方で銃声が響く。
振り返らない。
走る。
とにかく走った。
雨の降りしきる中・・

あぁ・・雨が・・雨の匂いが・・・

全力で走って・・止まった。
目の前には白い壁。
自然と私の足は"倉庫"へと来ていたようだ。
周りに人がいないことを確認しながら中へと入った。
扉を閉め鍵を閉め―・・私はそこに座り込んだ。

「ふっ・・ふぇ・・」

嗚咽が漏れる。
泣いた。
私は初めて泣いた。
侑悟の厳しい訓練でも泣かなかったというのに・・
それと同時に、今、私は恐怖を感じていた。

これも生まれて初めて。

人を殺して、殺されそうになったときでもこんな気持ちは味合った
ことがない。
足の震えが止まらない。

「侑悟・・侑悟ぉ・・・」

侑悟が死んでしまう。殺されてしまう。
その事実に恐怖した。
ぐずぐずと止まらぬ涙を袖でぬぐい、ヨロヨロと立ち上がる。
ぬいぐるみを抱きしめ倉庫の奥へと進む。

「侑悟・・殺されない・・・ってい・・てた・・」

先程の侑悟の言葉を必死で思い出す。

「侑・・悟・・・大丈夫・・・って・・・・・」

そうこの棚を開けていく。
必要な武器と弾薬を持ち出す。

「生きてる・・・まだ侑悟・・生きてる・・」

その言葉を繰り返しながら私は薄明かりのもと作業を始めた。






夜。
辺りを支配するのは闇。
闇に紛れ私は走った。
サイレンサー付きの銃でその建物内にいた男達に後ろから近づ
いていっては、背後から心臓を撃つ。

あの後。
私はシュバルツ・ハイドンに連絡を取り、侑悟の居所を探してもら
った。
そしてつきとめたこのビル。
ここに侑悟がいる。
侑悟は私に逃げろといった。
でも―・・

(私は―・・)

通路を曲がる。
男達が五人。
突き当たりの扉の前でたむろしている。
シュバルツの情報どおりなら侑悟がいるのはあの扉の先。
私は背中にかけていたライフルをはずし、隅に置くと、人形を抱え
男達に近づいていった。
グスグスと泣きまねをしながら近づいていく。

「誰だ!?」

最初は構えた男達だったがすぐにその警戒心をなくした。

「なんだぁ?ガキィ?」

「どっからはいってきやがったんだてめぇ!あぁ?」

子供だからと油断したのだろう。
ぐるりと周りを囲むものの男達は手にもっていた銃を―・・下ろした。
まず目の前の男に一発。

「な・・・・・・・・・・?」

突然泣き止み、抱えていたくまのぬいぐるみから飛び出た弾に瞠目
する男達。
そのまま右の男の鳩尾にけりを喰らわせる。
子供の・・しかも少女とは思えないほどのその力に上半身を折り曲げ
頭が下に降りてくる。
跳躍し、その頭を踏み台にして逆へと跳ぶ。
反対側にいた二人の男の首元を、スカートに忍ばせていた二本のナイ
フで切り裂いた。
返り血を浴びる前に着地と同時にそのままのスピードを保持したまま、
先程まで後ろにいた男の心臓を一突き。
最後に踏み台にして地面に突っ伏している男の首元に足を置くとその
ままねじ切るように力を込め首の骨を折った。
ゴキッと乾いた音が廊下に響く。
あっという間に死体が五つ出来あがった。
殺し屋たる者殺る時は一瞬で。狙撃の場合を除き現場の後始末をする
―・・というのが侑悟の教えだったが今はそんなことをしている暇はない
だろう。
扉を開ける。

「ん?―・・もう交代―・・」

中でモニタリングをしていた三人の男達も一瞬で撃ち殺す。
躊躇いもなく。何とも思わない。
ガラスの向こう。
椅子に縛り付けられた侑悟の姿・・

「侑悟―・・!!」

ドアを探し中に入っていく。
その姿は何とも悲惨だ。
爪はすべて剥ぎ取られ、青あざなんて幾つあるのか分からない。
背中は生々しい出来たばかりの火傷に鞭で打たれた後。
他も数え切れないほどの傷があった。

「侑悟―・・!今はずすから!!」

縄を解き、椅子から崩れ落ちるその体を受け止めた。

「うっ・・・」

侑悟がその目を見開いた。

「逃げろ・・・と・・・・・・・・言わなかっ・・・た・・か?」

掠れた声が聞こえた。

「私は・・侑悟が死ぬのは嫌・・」

首をふるふると振ると侑悟のぼろぼろの腕が私の顔に伸びてきた。

「お前・・泣いて・・のか・・・?」

馬鹿だなぁ・・と侑悟が苦笑した。
そして。
よかったなぁ・・と私の頭をなでてくれた。

とても・・その手のひらが暖かくて・・私はまた泣いた・・・・・