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銃声が段々と近くなる。
中庭に面した通路にへと一同は出た。
カチャッ―・・
そこには武装した男達。
銃口の先がこちらに一斉に向けられた。
すかさず影島の周りを固めていた男達も銃を取り出し構えるがそれを影島が手で制した。
「やめよ―・・今更抵抗した所で何になるわけでもあるまいて」
その影島の言葉にパチパチパチ―・・と拍手で応えるものがいた。
「えぇ、その通りです。さすがは”山城御前”殿」
武装した集団の後ろから姿を現したのは一人の男。
緊迫した空気にそぐわない軽快なその男の声はこの場において何とも異質だった。
闇に浮かぶ白いスーツに身を包んだ男。
清潔感漂う格好だったが―・・それは逆に嫌悪感を抱かせた。
「何用だ、若造。―・・何とも不躾な訪問ではないかね?」
「えぇ、無礼は承知の上ですよ、"山城御前"殿―・・少し、お話をしませんか?」
「お前と話すことなど何もない」
きっぱりと断った影島にその男はやれやれと肩をすくめた。
「困りました・・あなたにはなくてもこちらにはあるのですよ」
パチンと指を打ち鳴らす。
するとそれを合図に建物の影から別の武装した男達が現れた。
―・・拘束された秋を伴って。
秋の服の所々には返り血と思しき赤い付着物が点々とついている。
―・・護衛は殺されたか・・
「少し、質問に答えていただければよろしいのです。―・・奥様に傷がついては大変
でしょう?」
男は勝ち誇ったように笑った。
―・・だが甘い。
「好きにするがいい。私は何も答えんぞ」
「・・・・・・・ほぉ?では奥様が殺されても構わない・・と?」
影島は秋に目を向ける。
目と目が合った。
秋は―・・あの美しい笑顔でにこりと微笑んだ。
「―・・あぁ」
「薄情な方だ」
男は銃を取り出すと秋の眉間に突きつけた。
「―・・あなたは知っているはずでしょう、”山城御前”。"彼女"の行き先を教えていただけ
ませんか?」
「ふん・・何のことやら」
「"彼女"がこの屋敷にいたことはわかっているのですよ?―・・素直に教えてはいただけ
ませんか?」
「しつこい男は嫌われるぞ、若造。」
「そうですか・・」
男は秋の肩を掴み影島のほうにへと突き出した。
続けて銃声が三発―・・
その華奢な身体は宙を舞い、鮮血を飛び散らせながら地面に仰向けに倒れた。
「撃て」
秋が地面に倒れこむのと同時に、男は号令を出す。
―・・沢山の銃声が鳴り響いた。
応戦する暇もなく銃弾の嵐が影島たちを襲った。
ぐらり―・・と影島は前に倒れこむ。
発砲音が五月蝿い。自分のうめき声が五月蝿い。身体が熱い―・・
ゆらりゆらりと足を踏みとどまらせていたがやがて膝が崩れ落ちた。
上体が地面にこすれ付けられる。
土の匂いがした―・・あぁ・・血が溢れている。
ぐぐぐっと顔を上げた。
視界がかすむ―・・あぁこんな時に・・
かすんでいく視界の中に妻の顔を見つけた。
仰向けに横たわったその顔はこちらを真っ直ぐ見つめている。
「あ・・あぁ・・・」
震える手を伸ばす。
あと少しで彼女に指先が触れそうだ。
「・・お前は・・私を・・恨んではいないか・・・?」
掠れた声が喉から僅かにこぼれた。
既に妻の目には光はない。
けれども―・・
―・・いいえ、一度も。
その顔は苦悶に満ちたものではなく―・・微笑んでいた。
「そうか・・・」
影島はゆっくりと目を閉じた。
『―・・それでもね、影島左衛門ノ介』
あぁ・・・そうか・・・そうでしたな・・今更気付くなんて・・あなたの言う通り・・本当に愚かな
生き物だ・・私は・・
『―・・それはそれで"愛"と呼ぶのではないかしら?』
あぁ・・・秋・・私も・・・
「―・・私も・・お前を愛していたよ・・・」
*
「死んだか」
白スーツの男は、老人の死体をごろりと蹴り上げて仰向けにさせるとその懐を探った。
―・・だがいくら探っても目的のものはない。
「まったく・・手間をかけさせてくれるものだ」
「十夜様」
部下の一人が近づいてくる。
「見つかったか?」
「いえー・・屋敷をくまなく捜索はしているのですが・・」
「何としてでも見つけ出せ」
「はっ。それと屋敷の者が複数逃げ出した形跡があります」
「捨て置け―・・あぁ、いや待て。そいつらが"持っていった"可能性もあるな。追っ手を
かけろ」
「はっ―・・」
パラパラパラパラ―・・と山の向こうから轟音が近づいてきた。
「十夜様、ヘリが到着しました」
別の男が十夜を呼びにくる。
「わかった」
暴風をまきおこしながら中庭にヘリが降り立つ。
十夜はそれに乗り込むと残った部下に指示を出した。
「明け方までに目的のモノが見つからなかった場合撤収だ。屋敷は燃やせ」
「はっ―・・」
やがて十夜を乗せたヘリは天高く飛び立った。
眼下にある屋敷には目もくれず十夜は夜空に目を凝らす。
ヘリの中には晴利がいた。
そして十夜の隣には影奈―・・彼もまた見えない目で十夜と同じ夜空を見つめていた。
「これからどちらへ行かれるおつもりですか?」
「―・・大方の見当はついているさ」
晴利の問いに十夜はぽつりとそう洩らした。
「もうすぐだ・・もうすぐ"彼女"に会えるぞ、影奈」
「・・・・・・」
熱にうなされたようにうっとりとつぶやく十夜に影奈はただこくりと頷くだけだった。
*
カタ―・・と何かが膝の上に落ちた。
走る車の中から夜闇を眺めていた鎖月はそれに気付き目線を落とした。
それは腰帯につけていた花の飾りだった。
山城御前の屋敷を出る直前に影島夫人―・・秋さんにもらったものだ。
影島に始めてもらった贈り物だったのだと、嬉しそうに話していた。
『どうかこのコも一緒に連れて行ってあげていただけませんか?』
桜を模した花の部分だけがちぎれて落ちてしまっている。
「鎖月様、どうか致しましたか?」
横に座る神無が首をかしげる。
「飾りが・・・」
「姫様!?」
つーっと鎖月の目から零れ落ちた涙に神無はぎょっと目を瞠る。
あぁ・・どうしてだろう・・・
どうしてこんなにも胸が張り裂けそうなぐらいに悲しいのだろうか・・
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第三章これにて終了です(^^);