<13>
「―・・利ちゃん?―・・麗利ちゃん」
自分を呼ぶ女性の声に重たいまぶたを上げればと白い蛍光灯の光と心配そうな暁美の顔・・
(あぁ・・・わたし・・・)
慌てて身を起こそうとすると暁美の手によって制された。
「無理に起きちゃダメよ」
「・・・・・・・何だか体が重いです・・」
その言葉に暁美が苦笑した。
「そりゃそうよ。あれだけ力を使ったんですもの。ゆっくりと身体を休めてていいわよ?」
あらためて周囲に目を配らせるといつの間に戻ってきたのか自分の部屋だと気付く。
「あの後・・・?」
心なしか声も僅かにかすれているみたいだ。
病気のときのように体が重かった・・
麗利の問いかけに暁美は肩を軽くすくめてみせた。
「こっちの勝ちってことになるのかしらね。―・・一応は」
苦虫をすりつぶしたように暁美の表情が歪む。
「・・・?」
「まぁ詳しいことは後でゆっくり話してあげる。それよりも今は―・・」
暁美が顔を後ろ―・・扉の方へと向けた。
麗利もその動きにつられるように視線をそちらへとやれば
「あっ」
「私も色々といいたいことがあるけどね。―・・まっ今回は彼に任せるわ。こってりしぼられなさいな
麗利ちゃん」
意地悪そうに暁美はウィンクすると部屋を出て行ってしまった。
それと入れ替わるように滝が入ってくる。彼はベッドの横に椅子を引き寄せるとそのままそこに腰掛
けた。
「―・・気分は?もう大丈夫?」
その顔や喋り方はいつものように優しいものだったが、麗利はまるで怒られたかのようにしゅんとなって
目線を伏せてしまった。
「先輩・・・・・・・ごめんなさい・・」
ぎゅっと掛け布団を握り締めそれを顔半分まで上げる。
顔をみられたくなかった。
「心配かけて・・・本当にごめんなさい・・」
「うん。凄く心配した」
声が小さくなる麗利とは裏腹に滝の口調は変わらずに穏やかだ。
いっそのこと怒鳴ってくれれば良かったのに。
そんな滝の様子が余計に麗利の心中を不安にさせていく・・
何ていったらいいのか・・言葉が見つからずに暫く沈黙が続いた。
「追いかけたんだ」
「え?」
唐突に滝が喋り始めた。
つられて顔を上げると滝の目が寂しげに細められているのが視界に入ってきた。
「追いかけたんだ。夜の闇の中を走っていく麗利のことを。―・・でも追いつけなかった・・必死にな
っておいかけても追いつけなかった」
悔しそうに―・・そう、悔しそうに滝は語った。
「怖かった・・麗利を護れないかもしれないって・・凄く怖かった・・・」
「せんぱ・・」
すっとその手が麗利の頬へと伸ばされる。
「本当に無事で良かった―・・」
その言葉に麗利はこぼれる涙をとめることができなかった。
頬にある暖かい手に自分の手を重ねるとそっと瞳を閉じる。
「―・・はい」
*
「まぁ結果的に麗利ちゃんに救われたわけだけどなぁ。終わりよければ全てよし・・ってか?」
リビングにて雪のいれたお茶を飲みながら能天気に笑う流の後頭部に暁美の投げたスリッパがヒット
した。
「―・・っってぇ!!」
「うっさい馬鹿。あんたが喋ると折角の雪ちゃんのおいしいお茶がまずくなっちゃうでしょうが!」
「あはは暁美さんのその言葉ってもう完全に流の人格というか存在そのものを否定してるよねぇ〜」
雪がお茶を運びながら朗らかに笑った。
「・・・・・・・止めなくても宜しいのでしょうか?」
その様子を少し離れているところでみていた透が向かい側に座る裕に心配そうに尋ねる。
「いつものことだ。放って置けばいい―・・ふむ・・こういうのを"夫婦漫才"というんだったか」
裕は冷静沈着に感想を述べると雪の持ってきたお茶をすする。
「はぁ・・・そういうものですか・・」
よいしょっと、給仕を終えた雪が裕の横に腰掛ける。
「でもそれにしても暁美さんいつもより機嫌が悪いねぇ〜」
「当たり前よ―・・あんな風に逃げられたんじゃどうも釈然としないわ」
むすっとした暁美に同意するようにその横で流も神妙な顔つきになってこくりと頷いた。
「だな。どっちみち逃げられたことには変わりないんだからな。―・・ったく、あそこであの妙な兄ちゃん
さえでてこなけりゃ―!」
「終わってしまったことをいつまでも後悔していても何かが変わるわけでもないだろう?―・・しかし、
一般人が関わってきているのか・・気になるな」
裕の発言に皆が皆、考え込んだ。
「普通の人間・・ってわけでもなかったわね。拳銃もってたし・・」
「”あっち側"についている人間の組織かなんかがあるってのか?」
「それはわからないわ・・でもその可能性も捨てきれないわね」
「場合によっては魂を喰われてもいないいない生身の人間を"殺す"かもしれない―・・ということですか」
「はぁ・・・・・やりにくくなるわね」
透の言葉に暁美は溜息を付いた。
*
「まったく・・お前さんも無茶なことをするもんだ。俺たちの闘いに単身入ってくるなんてな」
呆れながらも右近は口を大きく開いてガハハと豪快に笑う。
その顔は新たに増えた傷によって更に迫力を増していたが目の前に立つ青年は眉一つ動かさずに、
肩だけすくめて見せると無感動な口調で"別に・・・"といった。
「それよりその目、大丈夫なのか?」
「ん?あぁ何、片目ぐらいどうってこたぁない。幸い肉は抉ったが右目みたいに見えなくなるわけでもなかった
からな。みえればそれで充分だ」
「そうか―・・お前の弟やアイツは?」
「左近は心配にはおよばねぇよ―・・刹那様はまだ起き上がれる状態じゃないがな。しばらくすりゃ回復なされる」
ふとそこで言葉を切ると、右近はその巨体を折り曲げた。
「―・・僚、本当に感謝する」
くっと頭の上で笑う声がした。
「鬼が人に頭を下げていいのか?」
「俺はなこういうことはきっちりしたい性格なんだよ。こういうのに鬼も人間も関係ない」
「変わってるな」
「あぁ、刹那様にもよく言われる」
再び苦笑する声が聞こえた。
「別に―・・感謝されるようなことはした覚えはないさ。アイツにも"いい迷惑だ"と言われた」
身体をおこすと僚はすでに身を翻し部屋を出て行こうとしていたところだ。
「ここは好きに使えばいい、どうせ使ってない離れだ。お前らが集会開こうが静かにしててくれれば何もいわんさ」
「すまないな、僚」
「―・・別に。じゃあな、俺は寝る」
けだるそうにそのまま僚はでていってしまった。
(本当に面白い人間だ―・・人間にしておくのが勿体無い)
変わっている、といわれてしまったがその言葉そのままそっくり返してやりたい気分だ。
右近はくくっと喉で笑うと、次いで自分を呼ぶ声に急いで奥の座敷へと向かった。
「―・・ここに。我が君」
「随分と話し込んでいたようだが・・何かあったか?」
刹那のことだ、今の会話は筒抜けだったに違いない。
右近はにこりと笑みを浮かべると”いぇ特には”と返した。
「ふっ・・・」
刹那がゆっくりとその身体を起した。
その肌はすでに爛れてはいなかったが所々が紫色に変色しているままだ。
「立て直しにどれだけ時間を有する?」
「はっ―・・完全に動けるようになるまでは今しばらく時間がかかるかと」
「そうか・・・他の将に遅れをとるが・・・くくっ・・まぁ良い」
右近に身体を支えられたまま刹那は縁側へと移動する。
「―・・我が王に与えられた使命は果たせた」
にたりと―・・満足げに笑みを浮かべる。
「しかし我が王も奇特なことをなされるものですな。なぜああも回りくどいことを・・・?」
「くくっ―・・我が君の考えられること、到底考えも及ばん。が、これから面白くなるぞ右近」
髪をいじりながらたのしげに刹那はくつくつと笑った。
「―・・全ては我が君の掌(たなごころ)の上の事よ。さぁ、これから送られた駒が動くことか・・・・ほんに楽しみ
よなぁ・・」
刹那の楽しげな声はとまることなく静かに響いていく。
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