『侑悟』
「死」に対して恐怖を感じなかったわけではないのです。
私はあの時・・あの雨の日・・侑悟が私を名付けた時に一度
死にました。
そして"織”として生まれ変わった・・
あの時一度"死”に触れたから私にとって"死”とはとても身
近なものとなり、"空気”と同じような存在になったのです。
でも私にとって。
唯一、”生”でなくてならないもの。
それが侑悟・・あなたなんです。
あなたが私を生んだ―・・"織”をつくた。
だから私はあなたが"死”に飲まれてしまうのに恐怖を覚えま
した。
私の涙は―・・侑悟、あなたのために流される・・
あなたのためだけに―・・
侑悟・・あなたは私の全て・・
私はあなたの言葉だけを聴きます。
私はあなたの声だけを聴きます。
他はどうだっていい。
私の世界にはあの雨の日から侑悟・・あなたしかいないのだ
から・・
*
ドアを開ける。
奥にはベッドの上にうずくまる大きな影。
私は助走をつけて跳んだ。
着地は足からではなくお腹から。
ボディプレスのような形をとった。
ボフッ
「ぐぇー・・」
蛙のしわがれた鳴き声がした。
「織!!お前なぁ―・・!!」
「おはよう侑悟。―・・今日は膝からは行かなかった・・」
中から顔を覗かせた侑悟は手を引きずり出し私の頭をなでた。
「あ〜・・いい子いい子。」
もうどうにでもしてくれという声色だ。
「どうだ?新しい我が家は。なれたか?」
「うん。」
いつものようにベッドの上から降ろされる。
「織―・・飯作ってる間に―・・」
と、そこで私がもう着替えているのに気付いたようだ。
「もう・・ご飯できてる・・」
「あ?お前が朝作るなんて珍しいな・・」
侑悟はどういう風の吹き回しだ?といった感じでこちらをみてい
る。
「今日は特別。」
「?」
わからないと首を傾げている。
私はドアの前で立ち止まって振り返る。
「今日は・・侑悟の仕事始め・・だから。」
「あ〜―・・」
ぼりぼりと頭をかいて侑悟が頷いた。
「―・・でも復帰日だってーのに初日から雨か・・たくっ・・」
外を見て侑悟はめんどくせぇと嘆息した。
「雨・・・」
「ん?」
私の声が聞こえなかったのか聞き返してくる。
「私・・雨は好き・・」
その言葉に侑悟がふっと笑った。
「そうか。」
ジリリリリリリリリリリリ―・・
電話が呼んでいる。
出ようと駆け出した私の背中に侑悟の言葉が飛んできた。
「まっ・・・・昔ほど嫌いではないな。」
思わず笑みがこぼれた。
今日は雨。
侑悟と初めてであって丁度9年目の今日。
外は9年前と同じ雨。
この雨が私とあなたを出会わせました。
そして今もこの雨は私とあなたをつないでいます。
私の涙はあなたのために降る雨。
ただ一人・・あなたのためだけに降らせます・・
Rain&rai〜Fin
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