月夜姫番外編

『  冷   禅  』

物心付く前から自分が普通の"人間"とは違うと知っていた。

何が違うんだ?と聞かれたら・・・・・・・答えられないかもしれない。
自分でもよくわからないが確かに何かが違っていたのだ。

だからいつもいつも周りから浮いていた。
周囲もどこかで感じとっていたのかもしれない・・俺が”違う"って・・


―・・だからもう終わりにしようと思った。


カタカタと手が震えている。
情けない・・・最後の最後くらいしっかりしろよ俺。

袖をまくって左手首を露にする。

震えを押さえ深く深呼吸して一気に―・・



『まったく・・そう易々と命を粗末にするとは・・』






                          *






「―・・っ!?」

布団を蹴りおとし勢いよく起き上がった。
異常なまでに汗が吹き出ている。息が荒く、肩で息をするしかなかった。

時計を見ると針は丁度7時をさしていた。

汗ばむ髪をかきあげ、ふぅ―・・と息を吐く。


(嫌な夢だ・・)


あのときの夢を見たのは何年ぶりだろう・・


自然と視線が左手首へと動いた。
薄い線が横に一本入っている。


あれは俺が小六の時―・・死にかけた時の夢。


あれだけ深く切ったはずなのにどういうわけかこれだけの傷を残すだけにとどまった。
医者も驚いていたのを覚えている。
そりゃそうだろう、普通あれだけ出血していれば確実に死んでいたはずなんだ。


(―・・なのに俺は生きてる・・・・か)


ベッドから立ち上がるときちんとアイロンのかけられた制服に袖を通した。


あのときのちっぽけな俺が何をどう考え、結論づいて死のうなどと思ったのかは知らな
いが、今となっては何をそんなに思いつめていたのかと思うくらいだ。
馬鹿馬鹿しい。つくづく助かってよかったと思ってしまう。

まぁあれを機に色々と変わったこともあったのだがら、ある意味"やってよかった"と思え
ないわけでもないが・・

まず親の態度が変わった。
今までは人のやることなすことに一々口を出してきては、5つ上の兄と比べられたものだ
ったが、今ではまるで腫れ物を触るように接し、いつもどこかでびくついている。
それの御蔭で余計な干渉を受けることなくのびのびと思春期を過ごしているのだが・・

それと自分自身も。
いつも周りからの視線に怯え、周りとの"違い”に怯えていたが今はもうそんなことは無い。
自分で言うのもなんだが実に堂々とした性格に変わった。
明るく活発に振舞うようになり、今ではクラスの中心的存在にもなっている。

”違う"ということは"目立つ"ということ。
それを逆手にとってしまえば後は楽なものだ。



そして最後にもう一つ。


夢を―・・見るようになった。


それも同じ夢を。何度も何度も・・


(今日は久しぶりに違う夢だったけど・・・・・・・・さすがに目覚めが悪いな)



家を出て、自転車にまたがって学校へと向かう。

通いなれた道。
でもこれも今日で最後だ。

今日は中学の卒業式。
一ヶ月近くすれば高校へと入学するのだ。

すれ違う同じ学校の生徒達。
中には見知った顔もいて挨拶を交わす。


校門をくぐり自転車置き場で停まる。
ふと、何かが頬を掠めたので顔を上げるとそこには満開の桜が咲いていた。

桜吹雪―・・薄桃色の花びらがヒラヒラと舞う。


(そういえば・・夢の中のアレも桜だったな・・)


目の前に咲いているのはおなじみのソメイヨシノだったが例の夢の中に出てくるのは決まって
枝垂桜だった。



校長のくだらない話を聞きながらふと夢を思い出す。



満開の枝垂桜。
強い風に吹かれて桜吹雪が激しく舞っている。
その中に"自分"はいた。
周りには知らない誰か―・・いやどことなく見覚えのある人影が幾つかある。

夢の中で自分は何とよばれていたか・・

手には血に濡れた日本刀を握っている。
荒れ狂う桜吹雪の向こう側―・・そこにいる"男"を睨みつけ今にも斬りかからんとする自分を
隣にいた"誰か"が制した。
何故だ!?と問う"自分"。
まるで戦場のように緊迫した雰囲気。

あんなにも桜が綺麗なのにそこは墓場のようでもあった。

響く女の人の悲鳴。
それは悲痛な叫びで聞いているだけで胸が張り裂けそうになる―・・だが美しい声。
"あの方"の声だ―・・

制する声をきかずに飛び出す"自分"。

枝垂桜を掻き分け声のした方へと向かいそして


目の前を


真っ赤な赤が






「・・―おい、中村ってば」

「!」

隣にいたクラスメイトが小さな声で自分の名前を呼んだ。
意識が引き戻される。

「大丈夫かよ?もうすぐお前の出番だぞ」

「あぁ・・」

そういえば卒業生代表で在校生に言葉を送る役に抜擢されていたのを思いだす。

(あの後は一体どうなったのか・・)


名前を呼ばれ壇上に上がり用意していた原稿を噛むことも無くスラスラと読み上げる。


俺はあの後を知らない。
夢はいつもあそこでおわる。
続きを知ることも出来ない。


(アレは一体・・)


卒業式が終わり校庭に、人が溢れかえる。


「あれ?中村お前親は来てないの?」

「あぁ。一々こられてもウザイからな。」

「ねぇ中村クン〜写真撮ろうよ〜シャ〜シ〜ン〜」

「あ〜私も〜私も!!」

「はいはい。ちょっと待ってよ。あせらないあせらない。」



                           *



その後クラスメイト達に別れを告げ卒業証書を片手に一人ぼぉっと校内をうろつく。

何度か在校生に呼び止められボタンをむしりとられたが気にせずただあてもなしにうろうろと
歩いた。
ボタンが無いため、制服は大きく開いている。
まだまだ肌寒い季節だ。ポカポカとした日差しが気持ちいいがこのままだと風邪を引くかもしれ
ないな・・・などとおもっているといつの間にか今朝の桜の木の近くへときていた。

不思議と周りに人はいない。

(ガラでもないけど、あの下で暫く黄昏てみるか。まぁ卒業式だし。)

自分の考えに苦笑しながらも近づいていくと、そこに人がいるのが見えた。

(?先客か?)

生徒ではないだろう。
黒のロングコートを着ている男だ・・父兄だろうか?


(人がいるならしょうがないな。まぁおとなしくかえって寝るか・・)


軽く肩をすくめながらも横の自転車置き場へと向かう。
鍵を外し自転車にまとがろうとする―・・が

(?何だ・・・?)

視線を感じ顔を上げると桜の木の下にいた男がこちらをじっと見ている。

随分と顔の整った男だ。
同性である俺でもまじまじと魅入ってしまうほど綺麗な顔をしている。

そんな男がこちらをじっと見ている。

「あの・・?」

たまらず不安になって声を掛けると男はこちらへと一歩足を踏み出した。

「お前はこんな所で何をやっているのだ。」

「はぁ?」

突然の言葉に素っ頓狂なこえをあげ聞き返した。

(いきなり"お前"って・・・)

すると男の方も不思議そうな顔になって僅かに首をかしげた。

「何だ、まだ取り込みきれていないのか?ぬかったな、冷禅王よ。その体の持ち主の精神に干
渉しすぎたようだ。だからいつもいっているだろう、お前は詰めが甘すぎるのだ、と。」

「なっ―・・あんたいきなり一体なんなんだよ!!―・・って・・・うん?」

訳の分からないことを言われ恐らくは"お前は馬鹿だ"ともとれる言葉をはかれ俺は頭に血が
上る思いだったがふと気になる言葉が出てきた。

「冷禅王・・・・・?」

何だ?

それは多分"名前"なんだろう。

心のどこかでひっかかる。
そう・・懐かしいような。

「まだ思い出せぬか、後はお前だけだぞ冷禅?神無も葉月も覚醒した。お前だけ遅れを取る
というのか?ふっ―・・落ちたものだな」

この男の顔もどこかで見たことがある。
どこで・・どこだ?

俺は・・・

(俺は誰だ・・・・?)

俺は・・・



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・龍・・雪か?」

「思い出したか。」

「あぁ・・・。」

カタ―・・と背後にあった自転車に腰が当たった。

「ちっ・・・ぬかったな。確かにお前の言うとおりだよ龍雪。今回は俺が甘かった。」

自嘲気味にくくっとのどで笑う。



そうだ・・・俺は・・・"中村つぐる"じゃない。冷禅王だ。


そうなんだ。俺は―・・"中村つぐる”はあの時・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・死んだ。


「まぁこいつが自殺したのは俺が原因かもしれないんだけどな・・」



昔・・一人の人間の女と出会った。

その女は自分の子供がほしいといい・・自分もそれを承諾した。

愛していたのかただの同情か・・・



「こいつもかすかに俺の血を残している・・・人間とは"異質"の血だ。それに苦しんだろうな・・・・
こいつは自ら死を望み、死に堕ちた。―・・俺がこいつの元へとやってきたのはその死に際だ。」


そこには深い深い悲しみが溢れていた・・・

こん
な力が無ければ・・こんな風に生まれてこなければ普通に暮らして普通に生きていけたの
に・・・


幼い少年の心に浮かぶ思い。
命を引き取る間際―・・少年が望んだモノ・・・・・それは・・・


『お前は何を望む?この死に何を願った?』

『普通に・・・生きたかった・・生きてやりたいこと沢山有ったのになぁ・・なんで僕は・・・』

『・・・・・・・叶えてやろうその願い。我と共に有るがいい。』


自分は少年を"自分自身の中"に迎い入れそしてその器を新たな肉体とした。



「お前は甘い、冷禅よ。人間などに情けをかけるからこうなるのだ。」

「まぁそういうなって。わかってはいるさ―・・だがこれが"俺"だから仕方がない。」

相変わらず手厳しい男だ。
この千年の間、只一人一度もその器を壊さずに生き延びてきたのはその性格ゆえか・・

「で?どうするんだ、これから?」

「無論、姫様を探すまで。」

「今回はどうなんだ?今度こそ合間見えることができるのだろうな。」

「―・・必ず見つけるまでだ。此度は可能性があるからな。」

「ほぉ・・。それで?俺は何をしたらいい?また軍人か?いや―・・今は警察や自衛隊か・・。だが
この年齢じゃ無理だな」

何時の時代も地位のある―・・情報力のある機関にもぐりこんでは"姫様"の行方を捜していた。

「何か希望の役職はあるか?」

「むむ・・そうだなぁ・・」



そういえば・・

最後にあの幼い魂が言った"やりたいこと"はなんだったか・・



「―・・俺、バンドやりてぇな。」

「何・・・?」

"中村つぐる"の口調で喋り始めた冷禅の発言に思わず龍雪は眉をしかめた。

「あっちなみにボーカルね。バンド名はなにがいいかなぁ」

「・・・・・おい冷禅。」

「何?龍雪お前バンドしらねぇの?うっわぁーそれマジヤバイって!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・貴様本気で言っているのか?」


どうやらバンドは知っていたらしい。
うむ。やはり人間社会に溶け込むためにもそういうこともしっかりと知っておかねばならんだろう。


「本気も本気だぜ?まぁいいじゃねぇの。今は下手にあぁいう機関にもぐりこむよりもこっちの業界
のほうが役に立つこともあるんだぜ?」


うん。たまにはこういう趣向もいいだろう。
もしかしたらどこかにおられるはずの姫様も見てくれるかもしれない。


「さぁて―・・いっちょ本気で歌ってみるとするかな。」







・・・なぁ中村つぐる。見てみろよ、いい天気だ。


お前もどこかでこの空を見ているか?


どこかでこの風を感じているか?



俺はお前のこの身体で必ずあの方にお会いしてみせよう―・・必ずだ。


だから暫く・・この身体は俺が借りておくぜ。


なぁ・・中村つぐる。

だからお前もそこから暫く俺たちのことを見ていてくれるか?









                                              --- Fin