チョコの罠。
その日、「夜の城」は異様なまでに甘い甘い匂いに包まれていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一体何処からだ?」
朝から必要以上に、におってくるこの甘ったるい匂いは何なのだろう?
城のどこに行ってもその匂いはついてまわる。
充満しているその匂いに、甘いもの嫌いな隊員の中には気分を悪くして倒れてしまうものもいた。
これでは訓練にならないではないか。と、先ほどからバディは城の中をまわり、匂いの元を探している
のだが・・・
「む・・」
しかし時間がたつにつれだんだんとこの甘い匂いにも慣れてきた・・・というよりもむしろ鼻が麻痺してき
たようだ。
困った。これでは匂いの元を辿る何処ではない。
どうしたものかと立ち尽くしていると、自分に近づいてくる一つの影があった。
「何唸ってるんだ?そんなとこで。」
「・・・・・・陛下」
今日もいつも通り、着崩した服をまといブラブラとやってくるのはこの夜の城の主であり、自分の主君だ。
「いえ、別に」
「何だ、素っ気無い奴だな〜。」
・・・・・・・・・・・・・仮にもこの界の頂点に立つ方ではあるが、最近は特に敬意を"払いたくない"というのが本音
だ。
しかも"あれ以来"、小姑のごとく何かにつけて絡んでくる。―・・勿論、"あれ"絡みが大半だが。
「ん?どうせあれだろ?この匂いの原因でも探してるって口だろ?な?」
「・・・・・・・・・・・・・・その通りですが何か?」
「何だ、やっぱその様子じゃ知らなかったみたいだな。」
「?」
意味深な笑みを浮かべてくっくっと陛下は笑った。
「お前、今日が何の日か知らないだろう?」
「今日?」
はて、何かの記念日だったか?
考えてみても思い浮かばない。
「今日はな、人間界でいう"ヴァレンタイン"という記念日だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
人間界の記念日なぞ知るか。と叫びたくなったが、ここは我慢だ。
「バレンタインってのはな女が好きな男のためにチョコを渡す日なんだとさ」
実はその習 慣は人間界でもとある島国にしかない習慣であり本来ならば贈り物をするのは男性のほう
なのだが…まぁ細かいことは気にしないでおこう。
「はぁ…」
「誰かがその習慣を面白がってなそれに新しい物好きな城の女たちがこぞってチョコをつ
くってるんだよ」
成る程。だから城の至る所から甘い匂いがするのか。 と、納得しているとにやにやと笑う陛下の顔が視界に入った。
「………なんですか?」
「いや何。お前と俺どっちが貰えるかと思ってな」
「………くだらない。私はそんなものに興味は」
「"あいつ"もつくってるかもしれないのに …か?」
「…」
押し黙ったバディに更に陛下のにやにや顔がとまらない。
「…二人して何をしているんですか」
と、そこへ宰相閣下が現れる。
「陛下、このような所で油を売っていないで早く政務に− ‥」
「あぁそうだ、お前リーシェをみなかったか?」
さっと話をすり返られてしまった宰相閣下はわずかに眉を潜めたが、陛下の質問に考えるように首をかしげた。
「あぁ・・・そういえば、先ほど東方軍の隊舎の厨房に入っていくのを見たような・・」
「だってよ。あぁ、そういえば西方将軍殿は"興味が無い"んだったよな?じゃ、少し様子でも見てくるかな〜。俺
だけ。」
にこにこ。
「おや、誰が興味ないといいましたか?それよりも陛下、まだ御政務が残っていらっしゃるのでは?早く戻られた
ほうが宜しいですよ?」
ぴきぴき。
両者ともに笑顔を保っているが、陛下のほうは目が笑っていないし、バディはおでこに青筋が浮かんでいる。
どれほどの間、そうして対峙していたことだろう。−・・いや、実際にはそう時間はたっていないのだろう。
「あっ」
宰相閣下が呼び止めようとしたときには、時すでに遅く・・・
二人は土煙を上げながら東方軍隊舎のほうへと走っていってしまった。
「全く・・・・・・仕事してくださいよ・・」
後に残されたのは、盛大にため息をつく、宰相閣下ただひとりであった。
*
「「リーシェ!!」」
ほぼ同時に隊舎の厨房へと駆け込んだ二人に中で作業をしていたリーシェとマリーが目を丸くする。
「陛下に、バディ?・・一体どうしたのですか?そんなに息を切らして・・」
リーシェはマリーとお揃いの白いエプロンを見につけ、ボウルを片手に厨房にたっていた。
「あぁ、でも丁度よかった。たったいま出来上がったところなんです。あとで持っていこうと思ったんですが・・少
しまっていてくださいね」
ボウルを置くとリーシェはとたとたと厨房の奥へと入っていった。
「・・・・・・・・・・・・お兄様たち顔が緩んでるわよ。」
マリーの指摘に、男二人ははっと我にかえる。・・・何を考えていたのかはいうまでもない。見とれていたのだろ
う。
そんな二人の様子にマリーはため息を一つこぼした。
「男って馬鹿よねぇ・・」
「お待たせしました」
リーシェがお皿を手に戻ってくる。
白いお皿の上には宝石のように黒々と光る様々な形のチョコレートが並べられていた。
「綺麗でしょう?勿体無くて食べれないくらいよ」
マリーが自慢気に胸を張る。
「えぇ、本当に。さぁ、どうぞ。召し上がってください。今、お茶を入れますから」
「「いただきます」」
これまた見事にハモったものだ。我先にと口の中にチョコレートを頬張らせる。
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。まだありますから」
二人の様子にくすくすとリーシェは笑う。
「―・・ね?ハロルド?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」」
ハモり二度目。
「あぁ、今冷やしてる最中だがな。」
奥から馴染みのある声とともに巨漢が姿を現す。
これまたマリーとリーシェとお揃いのエプロンを身に着けた獣人のハロルドが泡だて器を片手に姿を現した。
「やや、これは陛下、御前、このような格好で失礼いたします―・・何だ、バディも来ていたのか。」
「?ハロルド、まだなにか作っているのですか?」
「あぁ。材料があまったからな、チョコレートケーキも作るつもりだ。」
「あら、素敵vイチゴも入れて頂戴ね。」
「えぇ、勿論。」
ふっとニヒルに笑うとハロルドは「それでは」と再び奥へと戻っていった。
「え〜・・・と・・・・・・リーシェ?」
「はい?何でしょうか陛下?」
「これは一体誰が作ったんだ・・?」
「?勿論、ハロルドですけど、何か?」
「「・・・・・・・・」」
二人の質問にさらっと笑顔でいいのけたリーシェに二人の動きが止まる。
「ハロルドってば顔に似合わずこういうこと好きみたいなのよね〜。私とリーシェはお手伝い兼カモフラージュよ」
「ついでにレシピを覚えてしまおうと思っていたんですけど・・・あの・・どうかしましたか?」
「い・・・いや・・・・」
「まぁ・・その・・・・」
おいしいんだけど、そーかー、ハロルドがつくったのかー。
引きつった笑みで二人は笑う。
そんな二人をみて再びマリーは「本当、男ってのは・・」と呆れ顔でつぶやいた。
*
後日。
レシピをしっかりと覚えたリーシェの手作りチョコレートは"平等"に皆にくばられたとか。