変わらぬ貴方

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国全体が歓喜の渦に巻き込まれていた。

代替わりを意味し、王国に新しい風と共に繁栄をもたらす花の巫女が次期国王の元へと

無事迎えいれられたのだ。

新しい花の巫女を讃える声は祭りという形をとって連日連夜続けられた。

とまることなく民衆の歓声が、喜びが国中を満たしていく。


−・・唄え讃えよ花の巫女

−・・瞳は翡翠 光の髪

−・・女神の娘が降りられた

−・・唄え讃えよ 我らの声

−・・讃え敬え 花の巫女

−・・我らが祈り 我らが希望




                          *




ふと目を覚まし顔を上げれば、太陽に照らされまばゆいばかりに光を反射させた”翡翠”

が目に入った。

ロディはそれをまぶしそうにそれを見つめ、そっと体を起こすと”翡翠”にむかって祈り

を捧げる。

”ここ”にきてからの彼女の毎朝の日課となっているその行為を邪魔するような無粋な

輩はいない。ただただ静かに祈りを捧げ続ける。

王太子妃となった今、ロディに日常は以前にもまして周りから束縛を受ける形となって

しまった。

だからだろうか、そうして目を閉じ祈りを捧げているときだけ、彼女は本当に一人にな

れている気がしたのだ。誰にも束縛されることのない、自分だけの”自由”な時間−・・



”正式”に王城へ迎え入れられたロディは式が終わった翌日には早速、城の奥−・・

城内の中でも更に閉ざされた場所”後宮”へと入ることとなった。

”花の宮”とも呼ばれるそこは確かに様々な花で満ち溢れ美しいところではあったが

ロディにとっては出口のない大きな箱庭のように思えてしょうがなかった。

ロイヴェルトに側室はおらず、必然的にロディはその後宮の主となったわけだが実際

自分で何をするわけでもなく、ただひたすらに日々を過ごすしかない。

式を挙げて以来、ロイヴェルトは日中は公務の空いた時間を見つけて、そして夜は必ず

といっていいほどロディの元を訪れた。

周りは王太子夫婦の仲睦まじい様子を”とても良いことだ”、と”期待に満ちた”目で

温かく見守っている。

−・・だが実際には二人の間にはなにもない。そう、何もないのだ。

一緒にお茶や散策をしながら談笑したり、ロイヴェルトがロディに様々な贈り物をしては

彼女が困ったように微笑んでいても−・・床を共にしていても、ロイヴェルトは一切ロディ

に手を出さなかった。



決して長いとはいえない祈りの時間を終えたロディは体をひねり、自分の横で静かに

眠っているその人の顔を盗み見た。

朝日に照らされ、彼の金の髪は砂金を塗した様にキラキラと輝いている。

それがあまりにも綺麗だったので思わず触ってみたくなって手が伸び−・・ぎゅっと

伸ばした手を胸元で押しとどめた。



式の後−・・待ち構えていたのは初夜だ。

よその国では跡継ぎの王族の初夜には大臣や大貴族たちが立ち会う風習があるとき

いたことがあったが、アセリア国はそうではなかったらしい。

それがせめてもの救いか・・とロイヴェルトを待つ寝台の上で胸をなでおろしていた。

どれだけまったことだろうか−・・いや、実際にはこの部屋にやってきてから半刻も

たっていないのかもしれない−・・やがて自分と同じく寝着をまとったロイヴェルトが

部屋に入ってくる。

呼吸が止まりそうになる。ギシリと寝台がきしむ音がすれば思わず肩が震えてしまった。

肩に手が触れる−・・

「ロディ」

体の震えをとめるためか知らずうちにぎゅっと噛んでいたらしい唇に彼の指が優しく

おさえた。

「そんなに噛締めては血が出てしまう。安心して、そう強張る事はない」

そういうとロイヴェルトはそのまま寝台に横になってしまった。

「不思議そうな顔をする−・・いっただろう?私は必ず君を故郷の恋人の元へと返して

みせる、と」

ただ皆の目があるから添い寝だけは許してくれないか?と−・・”フランツ”だった時と

変わらぬ優しい笑顔で語りかけてくれたのだ。



以来彼は夜に後宮へやってきては(寝る前に少し話をしたりはするが)すぐに寝入って

しまう。

初夜の時のことを思い出しロディは胸元で握り締めた拳に更に力をこめた。

−・・この人は私の意思を惑わせる、揺らがせる。

踏みとどめているものがいともたやすく崩されてしまいそうになる。

いったいどうすればいいのだろう。憎むべきなのか、この人を・・・運命を。

いっそ全てを−・・花の巫女もただのロディであることも関係なく全てを投げ出して憎め

れば楽になるかもしれない、そんなことを思ったこともある。

(でもー・・)

「朝からそんなに難しい顔で考え事なんて疲れないか?」

「あ・・・」

いつの間に目を覚ましたのか枕に頭を預けたままこちらを見上げていた。

「おはようございます、ロイヴェルト様」

「おはよう、ロディ。今日もいい天気のようだ」

「えぇ、とても」

ロイヴェルトはそのまま体を起こすと枕もとのベルを鳴らし侍女たちを呼びさっさと朝の

支度にとりかかる。

「朝議がなくなればもう少し惰眠をむさぼれるんだが」

少し眠たげな彼の言葉にロディは苦笑した。

「ロイヴェルト様がそんなことをいってはいけませんわ。朝一番のお仕事は一日を始める

中で一番大切なことですのに」

ロディの言葉にロイヴェルトは肩をすくめる。

「そうだな、確かに君の言うとおりだ。頑張って仕事をしてくるよ」

見送るロディの指先に軽く接吻をおとしたロイヴェルトはそっとその耳元で囁く。

「考え事も結構だがあまり難しいのはいただけないな。朝は一日のはじまりなのだか

らもっと楽しいことを考えてごらん?」

「・・・はい」

うつむき加減でこたえるロディにロイヴェルトはよし、と頷いた。

「昼過ぎにこちらに寄るから一緒にランチをしよう。それまでに君の笑顔が戻ってくること

を女神に祈ろう」



憎むだなんて−・・どうあってもそんなことできるわけがない。

だって彼はこんなにも”優しすぎる”。どうしていいかわからなくなってしまうぐらいの優し

さで溢れているのだ。

そして私も神の前で誓った。

”花の巫女”として彼に仕える、と。それを破ることなど・・

(でも、ロディ?本当にあなたは”花の巫女”として”だけ”であの人に身を捧げることが

できて?)

自問自答してみるが、ついぞ自分の中から答えがかえってきたことはない。

−・・前にもましていっそう胸が苦しくなっている気がした。















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